2013年10月30日水曜日

“草むら”



 作り手が石井隆の劇画作品に執心する余り、そのコマの“忠実なる再現者”となって頻出した時期がある。絵を生業(なりわい)とする者は盛んにトレースしていくのだったし、フィルムを回す者はナイトシーンの一端にそっくり採り込もうとした。幾つか例示することは可能なれど、ここでは後述する一冊をのぞいて言を控える。好きなものを模写したい、徹底して再現してみたいという気持ちは人間誰しもが抱える欲求だからだ。

 撮影機材やモデルを揃えられる身であれば、私だって試したい。世間から隔絶されたホテルの小部屋などで、撮るものと撮られるもの、熱視(みつ)める者とすべてを晒す者となって石井の創って来たと同様の濃厚な時間を過ごしたいと願わないでもないのだが、機材はさておき、石井の描くおんなを捨て身で演じてくれる人はそうそう身近には居らないし、そもそもが臆病者ゆえ、生身の女性に話を振ること自体が端(はな)から無理な相談である。そんな体たらくなので、つまり私もまた石井作品の中毒者だからこそ、彼らがどのような狂熱をおびて石井劇画に挑んでいったか分かるのである。

 背景と人物がとことん写実的で完璧に溶け合い、かちこちと秒針を刻むが如き擬似空間を湧出させるハイパーリアリズムの旗手“石井隆”の劇画を読み込むということは、そういう“なぞりたい、真似したい”という衝動なり欲望を懐胎するものだし、現実を侵食しかねない獰猛(どうもう)な行為に手を染める覚悟なり諦観が要る。


 さて、石井の森や林は舞台設定上、どちらかと言えば“地獄”として劇中登用されている訳だけれど、狭い我が国土では北海道の針葉樹林なり沖縄の熱帯雨林にでも足を踏み入れない限り植物相は近似するから、ある意味、そこら中が石井作品の背景と化して機能し得るはずである。あの野辺もこの裏山も、たちまち石井隆の地獄になるのではないか。ところが、いざ林道を突き進み、木立の奥に分け入って周囲を眺めてみると、そこに石井の描くおんなや男の姿を幻視することがなかなか難しくなる。仮に想像し得たとしても、石井の紡ぐ劇の情調(じょうちょう)には遠く及ばない安手の印象を残すは必定で、この妙に乖離した気分なり現象については前回書いた通りである。

 馬鹿、おまえが不甲斐なくってモデルを調達出来ないからじゃないか、と笑われそうだが、仮に劇中人物そっくりの女性の手を引いて来て立たせても状況はあまり変らないと考えられる。例えば「自選劇画集」(*1)の巻末で石井は一冊のポルノグラフィーを取り上げていた。これを入手して眺めてもらえば、私が言わんとする意味は掴めるであろう。

 昭和54年(1979)とかなり以前に刷られた冊子であるし、時折ウェブのオークションで見かけはするものの中身が中身だけに大概の人は手に取ることは難しい。要点をかいつまんで紹介すれば、この表裏の表紙を含めて64頁の小冊子(*2)は二人のヌードモデルを起用した扇情目的の成人雑誌であるのだが、中盤の25頁あたりから石井の初期の短編劇画【淫画の戯れ】(1975)を丁寧に“模写”し始めるのだった。連絡船に乗って島に向かう劇画の展開を汲んで、実際にカメラ片手に海を渡って見せる入念さである。ストーリーラインを踏襲するという事に止まらず、石井の描いた絵、すなわち、おんなの姿態、表情、背景といったもの全ての再現を試みている。写し描かれたその数は、実に23コマに及んでいる。

 石井の劇画が墨一色であるのに対し、模倣画像はカラー印刷であるからモデルの肌の発色もあざやかで、また、盗作の訴えを回避する言い訳か、多くの画像で右と左の向きがオリジナルとは異なっている。(*3) おそらくは石井の作品を左右反転なるよう複写(コピー)し、現場に携行していちいちの構図を決めたものと推察されるのだが、そんな違いはあるものの複数のほぼ同一の画像が絵物語風に配置され、架空の時間をかちこちと刻んで息づくことに変わりはない。これは石井劇画の再現のため、“そっくりの舞台に、名美そっくりの女性の手を引いて立たせた”ひとつの好例になっている訳である。(*4)

 モデルの奮闘振りはいじましい。劇画のおんなのおきゃんな性格を表現しようと努めて、さまざまな顔を作り身体をくねらせる。こと切れて野に横たわる惨(むご)い姿さえも、終わり頃には果敢に模して見せるのだから大したものである。後年、石井の劇画作品は数多く映画化されていくが、それらを含めてもこの冊子の“再現をもくろむ意気込み”は突き貫けている。

 こうして現世に再築された地獄絵図であるのだが、穴が開くほど凝視(みつ)め続けても不思議と切迫するものは湧いて来ないのだった。“草むら”を背景にして凶行直前の数秒間が写されている。海水浴場からやや離れた場処であり、近場にトイレが見当たらぬことから茂みの陰で屈んで用を足しているおんなである。カメラを持った男がそこを襲い、細い首筋に手が掛けていくのだったが、そこに【淫画の戯れ】とそっくりそのままの構図なり姿態は認めても、終ぞ“石井世界”は起動しない。

 何が、どうして違うのだろう。首ひねらせながら考えていくと、擬音語が欠如していることや演技のつたなさ、ぞんざいなレイアウト等、幾つかの要因が数えられる訳なのだが、そのひとつに“背景との微妙な乖離”が見止められるように思う。感覚的な物言いとなってしまうが、完全なロケーション撮影であるにもかかわらず“人物と背景との一体感”が損われており、表層的でつまらないものに留まっている。

 草葉は太陽に照らされて燃えゆらめき、生きていることの歓喜で膨張するものか、厚ぼったい印象を与えている。成長することと繁殖すること以外には余念が無く、当たり前と言えば当たり前なのだが、手前のおんなの生死にはひたすら無頓着である。この自然界の鉄則たる“独り立ち”は、しかし、石井世界の領内にあっては全く当たり前ではないのだ。おんなの肌と乖離したこの緑色の乱反射は、石井の背景に全然なっていないだけでなく、劇空間を未完成で貧弱なものに貶(おとし)めている。

 三十年以上も前に刷られたもので奥付もない、いわゆる自販機本と呼ばれる猥褻な写真集を必死の形相で眺めている様は、他人の目からはさぞ不気味にも、また無意味にも映るであろうが、石井劇画、ひいては石井の映画を考察する上での“対照区”として面白い位置を占めているとわたしは捉えている。


(*1):「石井隆自選劇画集」 創樹社 1985
(*2):「事件白書シリーズ第1弾!! 密室現像 犯した!」 1979(推定)
(*3):いかにオリジナル作品を模したものかを可視化するため、引用画像の左右を反転して掲載しようかとも当初思ったが、そこまでしなくても模倣の徹底振りは理解できるだろう。
(*4): 石井とオリジナル作品を掲載した雑誌、および単行本の編集者とが連れ立って抗議に訪れ、決着がついた事を石井は「自選劇画集」に記している。既に終わった話である訳だし、石井自身が紹介している事から問題ないと判断して取り上げた。石井作品の信奉者である若い作り手がオリジナルへの愛情と実験的な野心を持って臨んだ珍作であり、往時の石井作品の人気の程を後世に伝える語り部ともなっている。


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