2012年5月26日土曜日

“水たまり”


 町内会での花壇と神社の清掃を終え、さて、どう過ごそうかとそわそわする。まだ7時を回ったばかりで、寝不足の頭が重い。帰って布団にくるまれば寝入ってしまうに違いなく、せっかくの休日が終わったも同然だから、だったら町外れにある温泉に寄ってやろう、と思う。こんな時間なら客も少なく、悠々と湯を楽しめるに違いない。

 窓を開けて風を入れ、さえずりを聞きつつ車を駆る。これから活気溢れる田植えの場景があちらこちらと見られるだろうが、いまの隙間じみた、ポケットの奥にくるまれたような瞬間が好きだ。水が張られ漫漫と広がるのを眺めながら走るのは、なかなかに爽快、かつ贅沢な気分である。巨大な水鏡が空や雲の流れる様を映し出しており、世界が倍になる。陶然として見やるうちに車は左に流れて農道からあわや外れそうになり、慌ててハンドルを握り直す。

 予想通り浴場の客入りはあっさりして、それも年輩者ばかり。耳に障るお喋りもなく、子供の騒ぐ声もない。手桶から落ちる湯の、ざぶりざぶりという音だけが響いている。丹念に身を清めてから二十畳ほどの露天へと出でて、しばし独占してお湯をむさぼった。ミレー描く薄幸の少女よろしく、身体を半ば浮かせるようにして横たわりコバルトの天蓋にひとり真向っていると、目の奥の脳軸は回転力をゆるゆると失って、浮世のもどかしさや苦味、塩味といったものを(刹那といえども)追い払ってくれるのがつくづく有り難い。

 代わって胸の奥の洞窟で風がゆらめき、閉じ込めていたものが逆巻きだす。耳朶を震わす声の終(つい)ぞ寄せ来ることのない、寂然とした日々が続いている。語るべき言葉と甘え交じりの吐息は行き場をなくし、ひたすら呑み込むばかりとなって久しいけれど、所詮、闇や空隙と浅く交合(まぐわ)いながら坦々と生きていくのが“暮らし”ってやつじゃないか、九割九分の虚しさに一分の歓喜が雑じるがせいぜいで、それで十分じゃないか、むしろ自分は恵まれ過ぎている、と裸の身を捨て投げるようにしながら、熱を帯びた脳味噌が自問を繰り返している。そうは言っても、儚(はかな)む時間にやや馴染んで、皮膚に貼り付き始めた気配はあるのだ。時間はどんどん過ぎていく。薄みどり色の熱い湯に浸(ひた)りながら、淋しくはあっても、だからもう哀しくはない。

 何をぐだぐだと青臭い、湯に中(あた)ったわけでもあるまいに馬鹿丸出しじゃなかろうか──気狂いめいた感情ばかり渦巻いて止まらないのは、水鏡のせいであり、立ち昇る湯気のせいであり、四肢をくるむ鉱泉のせいであろう。ようするに“水”というものは魂の缶詰をこじ開ける缶切の役目を持っていて、それを見ること、濡れること、浸ることで解放なるところが確かにある。シャワーを浴び湯船に隠れ、汗や涙をまとい、雨にたたずみ、池や湖と対峙するとき、大概ひとは素裸になるものである。
 
 都会ではにっかつの航跡をたどる特集上映が催されていて、先日はいよいよ『天使のはらわた 赤い教室』(1979 監督曾根中生)の回となったらしい。催されたトークショーに触れて、twitterとブログがこのところ元気である。承知の通り、この映画のラストシークエンスでは印象的な“水たまり”が銀幕に映るのだが、その描写の前後や成り立ちに関して、登壇して往時を振り返った曾根監督の予想外の発言に皆うろたえているのだった。田舎住まいでイヴェントにすっかり無縁の部外者が、面識のまったくない人様の書いたものに触発されて言葉を接ぐのは危険この上ないことだし、誰に対しても失礼で無責任と思わなくもないけれど、わたしに巣食う粘着気質がこれを書き写して記憶に植樹し、しばらくそっと眺めてみたくて仕方がない。熱心な書き込みは複数の手になるものであるから、文体や呼称など統一した上で並べ替えてみるならばざっとこんな内容であったらしい。(注:結末に触れる)

 「当初石井隆の脚本では、村木(蟹江敬三)にほだされ(説得され)名美(水原ゆう紀)が付いて行く結末だった。しかし、曾根がつまらないと勝手に書き換え、名美は村木に背を向けたのであり、対する村木はひとり立ち去るしかなかった。とり残されたおんなの影が空き地の水溜りに映っている。足を水面(みなも)に差し入れ、自身の鏡像をかき消しておんなは一人夜陰に消えていく、そんな哀愁漂うラストとなった。断りなしの改変に石井は怒ったのであるが、中盤の公園で雨に打たれてずぶ濡れになっている名美の姿を捉えたシーンこそが、石井隆的リリシズムであるから、そこをしっかり撮っておけば残りは変更しても構わないと思った──」(*1)

 書き手の一人は文面から察するに、おそらく「別冊新評」(*2)所載の“第一稿”に触れたうえで解読に努めていて感動を覚えた。こういう探究者が“石井世界”の周縁にはやはり潜んでいるのである。誰に頼まれた訳でもないのに歳月を越えた立哨に臨んで、流れ星の尾っぽのような一瞬の発言なり記述に色めき、そこで得た新たな視座から作品を観返して再度咀嚼し、おのれの血肉と為していく。こころ寄せる対象を一生かけて見つめ続ける、その真摯な姿勢は目に嬉しい。深度のある文書が立ち並んで壮観この上なく、ひさしぶりに胸躍らされたところだ。

 多くは脚本改変を好意的に捉えていて、私にしたって反論する気持ちは起こらない。映画『天使のはらわた 赤い教室』といわゆる“石井世界”は峰を連ねて影響し合っており、両者はそうひどくは断裂していないと感じられ結果オーライでないかと思い、三十年前の出来事の仔細を突き詰めるのは難しい上にあまり意味ないことだろう。
 
 ただ、この場にて縷々(るる)書き綴ってきたように、石井が脚本執筆を担いはしたものの自らメガホンを握らなかった作品ほど“石井世界”の何たるかを私たちに示唆してくれる最適なサンプルはないのであって、今回のハプニングはこの点で貴重なきっかけとなっている。書棚より「別冊新評」を取り出し、掲載された石井の脚本を読み返していく。想いの凝縮されたト書きを追いながら、その意を強くしたところだ。(*3)

 曾根は、ここでの男とおんなを“断絶”という酷寒へまで押しやっていて、心象的には硝子板や立ち木がばりばりと破砕されていくような、結果、ありありと壊滅の痕を晒す容赦ない演出に終始した。おそらく村木と名美のその後は二度と交差することはなく、陸と海ほども隔たった世界で別個に暮らしていくのだろう。感情の修復も当然復縁も望み得ない、ことによれば回顧する時間すらない“一巻の終わり”が鋭い切り口で刻まれていたのであるが、対する石井の脚本(第一稿)から滲み出るものは“惜別”のうねりと悔恨の色濃い陰(かげ)りであって、そこでの男とおんなはお互いに背を向けこそすれ、その後頭部からは未だ“まなざし”の淡々(あわあわ)しく照射されているのが読み取れる。

 鬼火は上へ上へゆらゆらと炎をのばして宙に浮くが、人魂(ひとだま)は白き尾を引いて横に飛ぶ。石井の劇における人がひとを愛する際の想いというものは、こういったよくある人魂の描画に似て、長い光跡を残して周回する悄然とした風情をたえず帯びるのである。毅然として破れた恋に背を向けるのか、残像にすがって目を細めるのか、どちらを現実的な恋情の末期(まつご)と見るか、それは受け手の性格なり、それまでの人生で克ち得た知恵なり訓戒なりに左右されるだろうから何とも言えない。どちらが破壊的でどちらが建設的か、これも一概には決めつけ得ない。

 確かに言えることは、“石井世界”におけるラブストーリーとは、忘却という次元を含まぬ劇空間であるということだ。(エンドマークが穿(うが)たれ、ゆるゆると緞帳が下されたその裏で)二巻目、三巻目をふわり開いて“告解”を延延と書き連ねるほども余情あふれて、いつまでも鎮まらない。裏切りやこころ離れ、冷徹な天の采配に対して、どれほど涙し憤怒に駆られようとも、残懐(ざんかい)から放たれる幽かな光芒(こうぼう)を石井の男たち、おんなたちは裁ち切れない訳なのだが、曾根の演出はこれをあっさり粉砕したのだった。ここに『天使のはらわた 赤い教室』をめぐる演出と脚本の決定的な相違がある。

 少し強引な読み解きかもしれぬがもう一点だけ書き添えるならば、水たまりに歪み映った己の姿を踏み壊し消えていく名美(水原ゆう紀)の凄絶さは、これはこれで石井隆の劇が孕む人間という存在の、孤峰にして峻厳(しゅんげん)なまでの精神風土を顕現して余りあるから見事と思いはするけれど、石井の脚本内にそのような(水面の鏡像を踏みにじる)イメージがまるで見当たらないし、類似した行為を“石井世界”に見つけることは出来ない。登用する物象のいちいちに効果を探る石井にとって、たとえそれが小さな窪地に生じた雨水の成れ果てたものであっても安易に使えないところがあるのだろう。

 シャワーを浴び湯船に隠れ、汗や涙をまとい、雨にたたずみ、池や湖と対峙するとき、大概ひとは素裸になる。“水”と魂のこの親和性を二の次として鏡像のみを取り込んだ曾根の演出には、その後石井がスクリーンで成し得ていったものと若干乖離した手触りがある。石井が首をひねったのは以上二点ではなかったかと、身勝手に想像をめぐらしてはたった独りでたゆたっている。

(*1):メモ代わりに参照頁ふたつ
http://jovanni34.blog.so-net.ne.jp/2012-05-19
http://d.hatena.ne.jp/tatsuya-akazawa/20120517/1337235747
(*2):「別冊新評 石井隆の世界」 新評社 1979
(*3):石井は“見えないもの”を見せようとし、“聞えないこと”で語ろうとする。見えること、聞えることのみをもって“石井世界”を見定めた気になってはいけない。

2012年5月5日土曜日

“消去し切れぬ人の匂い”



 このところ毎日何本ものマッチを擦(す)り、火をおこしている。正確には“分封(ぶんぽう)”と呼ぶらしい巣別れの季節に突入し、黒く大きな熊蜂が家の周りのあちらこちらで盛んに飛び回っているからだ。軒下など厄介な場処に営巣されて大騒ぎしないで済むよう、蚊取り線香を数箇所でいっせいに焚きつける。おまえと俺とは共棲出来ぬぞ、どうかほかの地を当たってくれ、と牽制する目的である。

 何故マッチかと言えば煙草を嗜(たしな)まないからで、本式のライターをこれまで一度も買ったことがない。至極美味しいと思うし煙たいとも思わないけれど、綺麗に格好よく吸う自信がない。『死んでもいい』(1992)の室田日出男の台詞に強く感化され、宴席に臨む際には百円ライターをポケットに忍ばせることが長く続いたものだったが、近頃は禁煙がすっかり浸透してしまい着火音はついぞ聞かれないから、これを引き潮と携帯しなくなって久しい。十年程前、つき合いのある銀行から(おそらくは似たような事情から役目を終えたらしい)行名入りの広告マッチ(三角形の箱に入った)を山ほどもらい、それが台所の棚の上に溜まっている。こういう時でないと使えないから半ば無理矢理、馬鹿みたいに必死こいて擦るはめになる。

 夕暮れて蜂はどこかに隠れてしまっても、まだ線香がいくらか残っている。屋外であるからどこかに風で飛ばされても怖いので、舗装された地面や敷石にこすったり、短くへし折ったりして始末しなければならぬ。そんな折に薄闇の奥でぼうっと息づいている赤い塊(かたまり)を見て、実にうつくしいと思う。日本的な情緒がこもった壮絶な、けれどささやかな妖しさに見惚れてしばし時を忘れてしまう。白く筋を作って天へ昇る煙の、粉っぽい香りもまた仄かな寂しさを誘って嬉しいし、何よりも点火の際に鼻を衝(つ)いて来る二酸化硫黄が妙にこころに刺さって消えない。生きていることの実感をもたらしてくれる刺激臭で、かけがえのない一瞬、と言えば言い過ぎだろうか。

 いくつもの香りを鼻腔に感じ取りながら、思い出す映画がある。先日、古いフランスの作品(*1)を観ていて、臭覚にまつわる印象的な描写があり、これは敵わないなと感心させられたのだった。ひとりの若者が子供の専属教師として裕福な家庭に雇われる。19世紀の厳格な階級社会を背景とした世に知られた物語であり、いかめしい顔付きの主人はおずおずとして突っ立ち分不相応の場処に顔を突っ込んだ感のある田舎者の全身を、舐め回すようにまず見やるのだった。

 このジュリアンという青年をさらりとした美丈夫の、当時の伊達役者ジェラール・フィリップが演じている。知らず心を浮き立たせる陽性の風情を具(そな)え、同性の目から見ても涼やかで思わず破顔を禁じ得ない。物語中においても若者は主人の信頼をまたたく間に勝ち取ってしまうのだった。隣に置いてもまったく恥ずかしくないし、むしろ雇い主としても鼻が高く、自分の評判もきっと上がるに違いない、そう思ったらしい主人はこの青年の胸の奥に巣食っている野心や肉欲の萌芽を透かし見ることなく、美しい妻ルイーズにその処遇を託してしまう。物語は無遠慮かつ自信に満ち溢れた若者のまなざしと声にほだされ、やがて情念の虜となって常軌を逸していく人妻のそんな物狂おしい日々を主軸に進んでいくのだけど、私がひどく感心してしまったのは愛憎渦巻く本筋の方ではなくって、上の導入部に連なるちょっとした主役の演技であった。

 粗末な使用人部屋へと案内した主人は夕食の席ではしっかり正装するよう堅く若者に言い添えながら、彼が持参したほんの僅かの手荷物の量からすばやく状況を汲み取り、自分の使い古した上着を放るとこれを着るように命じている。ひとり室内に残されたジェラールはそのコートをつまみ上げると匂いを嗅ぐのだった。それもわざわざ袖口を持ち上げ、腋のへこんだ部位をぺろんと露わにしてから鼻を寄せ、中年男の残臭を確認する周到さである。原作には同様の描写は見当たらないので、これは演出家か役者の発案だろう。わたし自身、汗腺の発達なのか名残りなのか分からぬが腋窩(えきわ)に薄っすらと香るものを持っている。人様に迷惑を及ぼす程のものでない幽かなものだけれど、礼儀として湯浴みの際には意識して洗い、剃毛(ていもう)を心掛け、効果てきめんの薬用クリームを擦りこむ日々であったりするから、ジェラール・フィリップの余りにも露骨な演技にひどく仰天して本能的に慄(おのの)いたというのが実情である。しかし、それをさて置いても凄い場面、力強い描写と思う。

 暮らしを営む上で繰り返し来訪する“匂い”には数限りない種類が有って、その不意の挨拶に驚き、そのたびに喜んでみたり困惑したりで大なり小なりの感動を覚えるものだ。冬の襲来時に雑じってくる枯れ野の香ばしさ、氷柱(つらら)や新雪を口に含んだときの埃(ほこり)っぽい微香、春の幕開けを飾る甘く重たい土の臭い。夏草を踏みしだく際に湧き立ち鼻腔を撫ぜる青臭さと腐葉土の混然となった香り。つるべ落としの赤い夕陽をまたいで漂着するどこかの焚き火のつんとした焦げ臭。古い本の薫り、インクの匂い、それに様々な料理の匂い──。排気ガスの臭い、塗ったばかりのペンキの匂い、垣根越しに伝わる庭木の花の香り──。膨大な匂いが群れ飛び、駆け巡るその中で、何より強く印象を刻み、忘却の淵に追い落とすことが出来ないのが“ひとの匂い”であるように思う。例えば赤ん坊の頭皮の甘酸っぱい香りや、一段と体調を崩して見える病人のその口から吹き寄せる息の臭いというものは、その時どきの生命力の増減や魂の弾み具合を如実に示していて、私たちを深い思索や感情の波濤へと誘うことになる。赤ん坊の吐いたもの、病人の吐いたものがもたらす臭いも同様に鋭い切り口を記憶に刻んでいき、私たちをひどく翻弄するし消耗もさせる。

 映像なり絵を駆って観客や読み手のこころの奥底に突入を図る娯楽芸術にあっては、なかなかこの“ひとの匂い”までを取り上げることはしない。受け手それぞれが懐に置く記憶と嗜好が邪魔をするためで、(放屁、糞便、げっぷといった)悪臭ならば割合と可能だが、“好ましいもの、馴染むもの”を効果的に挿入するのは難しい。ひと口に好い匂いと言ったところで万人の脳裡に同じ印象なり感慨を組み立てるのは困難であり、ドラマの継ぎ穂としては起動させにくい。読み手のこころをせっかく上手く束ねたのに、“好い匂い”ってどんなだろう、あんな匂いか、こんな香りかと自問自答させて、劇に集中していた意識を緩ませてはまずいのだろう。

 しかし、人間と人間が出逢い、四つに組んで激情の化学反応を起こす様々な現場にあって、向き合う対象にぎりぎりまで肉薄する際の要(かなめ)となることのひとつが“匂い”であることは間違いなかろう。言葉なき古(いにしえ)の時代、まなざしや表情と同等に“嗅覚に訴える情報”がコミュニケートに欠かせなかったわけだが、まなざしや表情が現代の人間のこころを揺らす手段、役回りとして十分に有効であるならば、対する“ひとの匂い”もまた人間を描く現場にて取り上げるに値するはず。

 そんな風なことを日頃からつらつら考えている私は、先に書いたフランス映画の狐臭(わきが)をめぐる描写に心底たまげた訳なのだった。嗅ぐ方の若者も嗅がれる側の成熟した男も、これを起点としてにわかに人間味を増して見える。名誉や財産、異性に餓え狂う生々しい内実を一気に立ち上げ、悩める私たちと併行する存在になっていく。その起爆剤が、古いコートに定着した“ひとの匂い”であったように思う。

 六十年近く前に作られていながら人間を劇中に引き入れる手管に長じていて、これは敵わないなと心底思う。映画『赤と黒 Le Rouge et le Noir』に恐れ入るのではなく、海の向うに堆積なった文化とそこに育った洞察力、観察力に唸らざるを得ない。人という存在が各々抱える胸の奥の洞窟とそこに吹き渡る風に肉迫するには、ここまで五感を駆使し、四方八方から刺激してやらねばならないのであって、美粧や麗句といった表層の綺麗ごとに甘んじてはおられないのだ、人間を描くことは化けの皮を剥ぐことじゃないか、と真顔で告げられているように感じる。

 さて、石井隆もまた、嗅覚も動員して物語をつむぐことに長けた作家である。【白い染み】(1976)、【初めての夜】(1976)、【白い反撥】(1977)、【オナニーのいる部屋】(1983)といった先行する劇画作品があり、その後『ヌードの夜』(1993)へと行き着く。罠にかけられた紅次郎(竹中直人)がホテルルームに漂う名美(余貴美子)の幽かな残り香を嗅いだ途端、恐慌から立ち直って後始末の代行をそそくさと始めるといった愛嬌のあるくだりが中盤あって、いまだ我らの記憶に鮮やかである。その随分と唐突に感じられるおんなの残り香の出現というのは、さりげない描写で誰からも見逃されてしまいそうなのだけど、その実、劇の展開にとっても紅次郎こと村木哲郎の“生”の転回にとっても極めて大事な素因であった。(*2)

 人間というものが“ひとの匂い”に追いすがって歩む存在であり、そのような始原的とも言える、嗅ぐ、嗅がれるといった諸相を無視しては感情なり魂の真っ芯に触れることは出来ないのではあるまいか、少なくとも“匂い”とは作劇の上で埋めるべき外堀のひとつではないか──と石井から囁かれているように思う。

 ヨーロッパや最近のアメリカ映画には、この手の五感を駆使した(つまりは官能的な)描写を通じて人間に肉薄する描写が目立つ。突出したものではないが、あえかでやるせない風情が訥々(とつとつ)と粘り強く語られていくところがあって、やがて観客の胸のなかは共感なり理解で隙間なく満満としてしまい、不覚にも泣かせられてしまう仕組みである。本当に怖ろしく綿密なレベルに欧米の映画は至りつつある。

 石井の映画が日本以上に欧州で認められるのは、だから、何も性描写が過激とかガンアクションに長じているからというのではなく、この繊細で手を抜かない五感の描写に観る人間が正直に、自然に反応しているからなのだろう。全体的に表層や台詞に頼りがちですっかり水をあけられた感のある日本の映画界にとって、石井隆はまだまだ貴重な描き手と思う。そろそろ再始動してくれないかと、じれったい思いが増す毎日だ。

(*1):Le Rouge et le Noir   監督 クロード・オータン=ララ  1954
(*2): http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1029137620&owner_id=3993869
上の画像は【オナニーのいる部屋】から。煽情目的の誇張された“記号”ではない、生きた人間が描かれている。このような穏やかな目線に包み込まれたリアルこの上ない人物造形が何十何百も石井世界の土台にあればこそ、それに連なる映画は大いに血流をたぎらせ、脈打ち、時代を越えて観客を魅了するのだ。