2011年3月21日月曜日

“劇画と映画の地平”~石井隆の劇画手法①~



 石井監督作品の各々はすっきりと独立しているような、その逆にみっちり列を連ねるような曖昧な距離を具えて並んでいる。『花と蛇』(2004)と『花と蛇2 パリ/静子』(2005)、『黒の天使』のvol.1とvol.2(1998、1999)、最近では『フリーズ・ミー』(2000)と『ヌードの夜 愛は惜しみなく奪う』(2010)の“冷蔵庫”繋がりといったものを観れば頷くところがあるだろう。絵画に例えるなら一人の画家から産み落とされた連作、はたまた一巻の長大な絵巻物の面影を宿している。静謐なアトリエでキャンバスに向かい、手にしっくり馴染んだ絵具や筆を器用に使う画人の幻影を脳裏に抱いてしまう。

 劇画と挿絵作家時代に氏の創り出したドラマの数々に魅了され、やがて転じてシナリオ作家から監督業へと猛進していく様子に目を瞠(みは)り熱い喝采を送ったファンは数多くいるのだけれど、そんな近しい過去を持つ愛好者同士で寄り集い声を交わすうちに面白いことが起きる。映画同士が面立ちを連鎖していくにとどまらず、氏の劇画、イラスト、シナリオへと無理なく地平が拡がって話がどうにも止まらなくなることだ。おんなの肢体、闇に浮かぶ景色、雨にたたずむ男──、二重写しとなるカットを互いに秘めており、個々に切り分けて語ることが表層的にも深層的にもえらく難しくなっていく。

 具体例をあげれば『黒の天使vol.1』におけるエスカレーター襲撃シーンなど分かりやすい。エスカレーターで昇って来る親の仇(かたき)を上階でそっと待ち構え、慌てふためく相手を不敵な面貌にてじっと見据えた後に容赦なく銃撃する一光(葉月里緒菜)が描かれていたけれど、あれと相似する描写が石井の劇画【赤いアンブレラ】(1988)の中にはあった。いや、相似というよりもそのものである。両者のこのカットは一卵性双生児と例えても一向に構うまい。ふたつの作品はあえかに共振して、複雑な波紋を綾織っては読者と観客の内側で木霊(こだま)していく。  

 石井スパイラルとでも呼ぶべき飽くなきイメージの反復こそが、物語の深淵に潜む情念や真実を印刻する上で重要な鍵になっているのは違いないのだけれど、そこでふと思い至って唖然とするものがある。近接したジャンル同士、つまりは映画と映画とで橋渡しするダブルイメージ、はたまた映画とシナリオとが緩やかに融合するのは至極当然なことな訳だけれど、“劇画”と“映画”がここまで自然に寄り添うことはどうであろう。当たり前の事象だろうか。

 なるほど昨今のコンピューターグラフィックスの飛躍ぶりは凄まじいのひと言で、ニューヨークに本拠地を置くマーベルコミック社の漫画を忠実に映画化することは興業界の一大潮流となっている。「バットマン」や「アイアンマン」、「X-メン」といった実写化作品は世界を席捲するのもうべなるかな、屈折した主人公や敵役の人格が繊細に描き分けられていて、大人の鑑賞眼にも耐え得る仕上がりとなっている。巧妙に造られたスーツもすこぶる蠱惑的で光と影の演出も心憎いばかり。よく原作の面差しを再現しており、唸らされることしきりだ。現実のものであれ妄念であれ、およそニ次元に描かれた世界をスクリーンに再現出来ぬものはないぐらいに進化を窮めてしまい、年々手の込みようはエスカレートして見える。

 そんなハリウッドの大作と並べ評することは無理なきにしもあらずだが、“石井隆が劇画で描いた世界観”と“「同じ石井隆」がメガホンを取って像を定着させた映画”とが実にきっちりと糸を結んで一体となっていることに、わたしはそれらヒーロー物の隆盛に対する以上の感嘆を抱き、熱い吐息を吐きながら唸らざるをえない。

 たった一人の男が別々な媒体で生み出したものが、物理的な制約を越えて寸分の隙間なく連なって見えてしまう、それは冷静に考えれば驚嘆すべき話ではなかろうか。まるで奇蹟か呪術を目の当たりにしているような得体の知れない気持ちにすら襲われてしまう。ここまで地平線をなよやかに繋いでいくクリエーターは、どこを探したっておよそ見つかりはすまい。世界的にも稀有な現象を私たちは目撃しているのではないか。

 一体全体、石井劇画とは何であったのか、なぜ映画とここまで一体になれるのか、わたしは随分とその事に不思議に感じて延々と引きずってこれまで生きてきたのだった。2009年の秋、幸いにして往時の出版関係者より直に話を聞く機会に恵まれた。たくさんの刺激的な事実を知り得たのだったが、これによって石井劇画と石井映画の結合する理由のみならず石井世界の原動力とは何かも得心することが出来たのだった。

 読めば随分と大袈裟だと笑う御仁もおられようが、私が思わず声上げる具合となった幾つかの逸話をここで紹介したいと思う。なお、石井と関係者に迷惑が及ばぬよう開陳するのは知り得た話の十分の一にも満たないし、勝手ながら手を加えてまとめている。








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