2016年2月1日月曜日

“奥津城”


 ひとに薦められて読んだ本の末尾で、馴染みのない言葉と出逢う。無知を晒すようで怖いけれど、神式で死者を埋葬する場合、碑に刻むのは“墓”ではなく乾いた風合の別の三文字と知った。狭隘で単色な町に生まれ、親戚縁者は似たような宗派の檀家ばかり。これまであまり意識せずに育った結果だろう、何処かで目にしていたかもしれないがまるで記憶にない。こんな齢になってから、いや、こんな齢になればこそか、胸の奥にようやく着水している。

 話の筋はざっとこんな具合だ。二人の大学生が主人公。共に音楽家を目指して学んでいたところ雨で自動車事故を起こし、ひとりが半身不随になってしまう。資産家一族に生まれたこの若者は、共産圏からの亡命科学者グループの誘いに乗って傷ついた身体と資金を差し出し、自身の神経細胞と電算機との融合を目論む。手術は成功して彼は超人化する。演奏家として現役復帰を図るのだけど、ゆるゆると暴走を始めた神経細胞がやがて爆発的に癌化してしまい、かえって瀕死の状態に追い込まれていく。青年は脳内パルスを懸命に発して、“音楽”と一体となりたいと皆に訴える。森に囲まれた教会の奥に頭部のみの異形となって納められ、パイプオルガンの電気回路と一体となっていくのだった。かつて人間だった物体とその納棺を見守った親友は、絶対音感を持つ者同士として、音曲でもって惜別の対話を成し遂げる。

《僕も連れていけ 連れていってくれ 僕も音楽になりたい 音楽に
 僕だって音楽の道をめざしてきたんだ 君のように
 連れていってくれ 一緒に
 そこへ 音楽の冷たい奥津城(おくつき)へ
 いきたい いいいききききたたたたいいい》(*1)

 肉体のうち九割九分が病魔に破壊され医療器具にひどく損ねられても、なお一層苛烈に音楽という海原に心魂を投じて楽聖の神技に近付かんと欲する演奏家の、清澄にして狂った昂揚を際立たせる場面だ。《墓》ではなく《奥津城》という面妖な響き(ほとんどの日本人にとってそうではないか)を挿入することで、一瞬だけ思考の停滞が生まれ、続いて想念のはばたき浮上する様を作者はもくろんで見える。葬式仏教と揶揄される日本のとむらいの列から分岐して、物語中の魂と私たち読者に対して未開の黄泉路を準備し、先へと導いていく。不可視な未来にわずかな救いを託し、おごそかに、ゆるやかに緞帳を下ろしてみせる表現者の手わざは巧みと思う。

 枝先がうつむき加減の老いた自分はもちろんだけど、私たちの多くは国際結婚でもしない限り、また、勇猛果敢に海を渡らぬ限り、似た様式の葬儀を仕切り、立会わされる羽目になる。定まった軌道にのっとり淡淡と進められる無数の儀式に拘束される末には、死者なり冥界に対する想像力は鈍磨するのは避け難い。往々にして自らの手で物故者の“その先”を消し去っているのではなかろうか。それ以外に、消し去る以外に、忘れるよりほかに何処にどんな道があるだろうと道理を噛み締めない訳ではないのだけれど、慣れ過ぎてあらゆる儀礼が鮮烈さを欠いて感じられ、茫洋としてただ見守り、思考遮断のままでどちらが死者か分からぬように座るしかない参列に日々埋もれていると、はたして生きる身にとって、また、死にゆく者にとって正しい形なのかどうか、かなり微妙なものと思われる。

 “奥津城”という文字と響きは、このように現実の私を揺らし続ける。土中に埋葬する以上は実質的に何も変わらぬはずなのに、土の重みから死者を解き放ち、まばゆい大気へと手招く鮮烈な“違和感”がある。書物が現実の視線を変えていく瞬間は意義ある体験のひとつであり、紹介してくれた友にはこころから感謝するところだ。

 さて、同様の“違和感”を別な場処でも先日持ち帰った。用事で訪ねた先からほど遠くないところに遺跡があると知って足を伸ばした。“横穴墓(よこあなぼ)”と呼称されるそれについては、数年前にずっと規模の大きなものを埼玉県比企郡で観ている。吉見百穴(よしみひゃくあな)の醜貌に肝を潰し、総毛立つ思いをした記憶があるのだけれど、あれと比べればまるで象と蟻ほども違う、実にささやかなものだ。されど、このような北の地に、それも急傾斜の石段をずいぶんと登った山の頂きに穿たれたそれ等に、寂しさと怖れ、加えて切実なものを感じて気持ちに残った。

 崖面に墓室を掘削する特殊な構造の埋葬施設である横穴墓は、六、七世紀に盛行した(*2)、と専門書に書かれてあるから、なんと千五百年も前に穿たれた暗い穴ぼこなのだ。歳月を楽々とこえて、強靭な人の祈りが伝わってくる。冬の大気に抱きしめられ、苔むした穴たちは無言ではあったけれど、日常の自動化された葬列に加わるばかりの鈍った身と心にいろいろと囁くところがあった。

 どのような思いを抱いて人はこれを掘ったものか、そこに葬られる事を覚悟したひとは、どのような常世の国を脳裏に描いたのか。どうしようもない離別の襲来に対して、それでも懸命に抗い、死者の“その後”を導こうとする視線の烈しさと優しさを想い、湿った山肌の香ばしい薫りを肺腑に深く吸い込みながらひとり佇んだ。

(*1):「オルガニスト」 山之口洋 新潮社 1998 276頁
(*2):「日本の横穴墓 (考古学選書)」 池上 悟  2000 雄山閣出版 248頁


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