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2019年1月2日水曜日

“とことん膨張させていく”~隠しどころ~(12)


 話を脇道から戻して、劇中での性器表現に触れたいと思う。『花と蛇2 パリ/静子』(2005)の中で主人公のおんなは、自身がモデルとなった春画二枚の真贋を確かめる目的から拘束され、あろうことか衆人環視の壇上で股間の検分をされてしまう。絵の中に描かれた性器とモデルのおんなのそれを見比べようという算段なのである。舞台を仕切る司祭風の男(伊藤洋三郎)は採寸用の定規さえ取り出し、盛んにこれをおんなの下腹部にあてがっていく。法規制に則して明瞭な接写は避けているが、性器という身体器官を凝視しまくる異様な展開がしつらえてある。

 ところが司祭役は検尺棒をたちまち投げ出すと、真贋はすでに見切ったと咆哮するのだった。尻にある黒子(ほくろ)が一方の絵に描かれている、こちらが本物であり、もう片方は贋作である。投げ掛けられた視線はひょいと横方向にずらされ、臀部の小さな黒子の有無へと審議は移ってしまう。何というアンチ・クライマックスだろう。個人的に女性器の外観や機能に著しい執着を覚え、なんだよそんなところで決着させるのかよ、と、肩透かしを食らった流れを恨んでいる訳ではない。視線を誘導し、観客の意識を捕縛していくことで一種の甘やかな拘禁状態をもたらし、その締め付けがやがて恍惚や悲憤を産んでいく、それが映画が観客の感情を操る機能のひとつであるのだけれど、縛りがゆるいというか優しく上品というべきか。

 性器を話題の主軸に据えながら、外観の詳述を巧妙に避ける展開は過去の作品にも見つけられる。『花と蛇2 パリ/静子』から遡ること十五年、漫画【デッド・ニュー・レイコ】(1990)の中でそれは起きた。主人公のレイコは幼少のときに両親が惨殺される現場に居合わせてしまい、自らも暴漢のよって乱暴を受ける。長じて後、そのときの記憶を頼りに犯人を探し出す復讐へと自身を駆り立てていくのだったが、その記憶とは男たちの性器形状のイメージではなく、股のあたりから発せられるむかつく体臭なのだった。視覚ではなく嗅覚に頼るのである。

 気まぐれに地滑りが起きているとは考えられない。少なくとも『花と蛇2 パリ/静子』という作品は先に書いた通り石井にとっては特別な光彩を放つ題材であるから、そこに本気と乖離したものは混じりにくい。性器そのものをつぶさに撮影もしくは模写してこれを銀幕なり誌面に大きく配置することが法律上許されない以上、視線をスライドさせるなり形状を要しない匂いへと置き換えるしか方法が無かったという言い訳は立つのだが、それだけでなく石井隆は性器という器官に対して一点集中的に傾注することを絵面的に、物語的に避けているように思われる。するりとまなざしを切り替える術を体得していて、隅々までコントロールを利かせている。色調を整え、過激な様相の中にも自己のタッチを堅守するのである。

 性器への傾注を避ける、ならば石井作品とは禁欲的であろうか。露わとなった性器の面影をまるで直視できない、視野角の狭い絵柄だろうか。

 『死んでもいい』(1992)での左右から閉められたカーテンのわずかな隙間、『ヌードの夜 愛は惜しみなく奪う』(2010)のドゥオーモに至る岩肌に穿たれた横穴、『花と蛇』(2004)で外界とを区切る暗幕、『甘い鞭』(2013)で地下室の壁に生じた裂け目、劇画に頻出する雨露をたくわえた草と蔓(つる)の茂り。承知の通りそういった女性器の隠喩が石井の劇には数多く散りばめられていて、一見するとこれ等の背景表出は露骨に描けない代わりに置かれた装飾で、私たち読み手の意識をくすぐるための暗号にも見える。

 しかし、主要な人物の精神状況とあきらかに結線する観念的過ぎる登場の仕方からは、記号の意味合いを越えた堅い手応えがありはしないか。登場人物の妄念がもたらす直接的な物象のシルエットも含めて、石井隆は彼が創る世界の総体を人体から延長派生するものと捉えている。つまり石井にとって大事なのは局所ではなく、人間の魂を含めての全身像なのであり、その全身にすっかり包まれることの安息や不安なのだ。局所が本来の局所の位置から離脱して大きく大きく拡がって世界と化している。

 私たちの抱える欲望は対象と見定めた相手の身ぐるみを剥がし、丸裸にして肌に触れたい、粘膜をこすり合わせて一体感を享受したいとしきりに恋いしがり、その実現に躍起となるのだが、その逆に石井は人間を包みこもうとする。

 劇画時代に描かれたおんなの衣服を振り返ると、あれは脱がせるためよりも着せるところに主眼があったように思う。単なる記号となって機能し、性別や年齢といったキャラクター設定を支えるのが目的ではなかった。材質や肌触りも直ぐに連想できそうな徹底した衣類の描き込みであったが、其処を通じて読者は確かな実感を堆積し、登場人物を人間そのものと認識して逢瀬を重ねたのだった。確実に身体の、魂の延長としての衣服があった。

 歌麿とほぼ同時期に活躍した浮世絵師に渓斎英泉(けいさいえいせん)がいるが、そのものずばりの春画と並行して女性の着物から醸し出される色香を表現すべく心血を注ぎ、卓越したその描写は遠く欧州の画家をも虜にした。布地の折れ、たわみ、めくれを繊細に、時に過剰に線描しており、現代の我々の目も妖しく魅了するのだけれど、あれなども性器の世界化と言えそうだ。石井隆という絵師の立ち位置を俯瞰して考えたとき、この英泉あたりと結線させるのはあながち間違いではないかもしれぬ。


 あこがれ、気に懸けて向き会う相手を瞳のなかに収縮させるのではなく、逆にとことん膨張させていく。衣服、化粧道具、紙巻き煙草、家具、音楽、路面を濡らす雨、林野、横穴といったものを駆使して全てを肉体化、性器化する。『ヌードの夜 愛は惜しみなく奪う』のドゥオーモや『GONINサーガ』(2015)のバーズ、『甘い鞭』の地下室といった建築空間は石井世界において人間以外の何物でもない。

 それは私たちに石井隆が静かに諭す“他者へのまなざし”であるだろう。対峙する人間をパーツのみをもって理解しようとしたり消費するのではなく、相手を包む物象を含めて抱擁し、また逆に抱擁されない限り、本当の共感や恋情に到達することは難しい。相手が背負う世界全体を愛せないでは片手落ちになるよ、そのぐらい人間が人間を想い続けるには広い視野角と高い密度が必要なんだ、そんな事を耳打ちするように思う。



2018年11月21日水曜日

“反撥しながら絡み合う”~隠しどころ~(9)


 石井隆の劇において性器は他者との連結器具として必ずしも働かないばかりか、時に相手を退ける砲台や剣先の役割を担わされる。どうしたってもどかしい展開になり、画布のなかで“隠しどころ”は存在感を急速に減じて、言葉そのままに奥まった目立たぬ処に引き下がる。代わって皮膚の下の収まっていた骨格がごろごろと盛り上がり、筋肉や腱が軋むように伸縮を始める。

 やがてにゅっと肉色の棘(とげ)が生えてくる。緊迫した局面での接触の無理強いは自ずと肉弾戦の様相を呈していき、戦闘機能をそなえた男たちの身体が俄然際立っていく。映画においては『フリーズ・ミー』(2000)での北村一輝、『ヌードの夜 愛は惜しみなく奪う』(2010)の竹中直人であるとか、『甘い鞭』(2013)の中野剛や伊藤洋三郎が脳裏にごわつく触覚をともなって百年杉のごとく林立する。

 よく練られた演出術に助けられ、肉体の隆起や陥没がもたらす陰影が銀幕に浮かび上がる。キリストの磔刑図のような構図もあるし、ベルニーニの「プロセルピナの略奪」(1621-22)、ジャンボローニャの「サビニの女たちの略奪」(1574-82)にも似た陰鬱でかなしい抱擁が繰り広げられる。反撥しながら絡み合って、見ていて胸が酸っぱくなるような、圧迫されるような怖い気分になっていく。特に最近の石井は、裸体を画面中央に長い時間配置する傾向が強まって感じられる。塑像に取り組む職人のまなざしにも似た、重たい空気に包まれながら、一個の、複数の裸体がたっぷりと記録されていく。

 筋肉や骨格はあんなにも泣き叫んでいる。動く悦びに溢れ、相手を羽交い絞めして自由を奪う歓喜に震えて笑いまくる、そんな一瞬もある。性器はぶらぶら、むにゃむにゃするばかりで結局のところ表情に乏しい小さな突起や袋口に過ぎない。あんな物で人間は描けないのだし、面倒で諸悪の根源でさえある。この世から無くなってしまえば良いのだ、と石井隆はひそかに祈っているものだろうか。霊肉一致の至高の抱擁などこの世には無いのだと絶望し、性器をないがしろにしているものだろうか。

 具体名をここで挙げるつもりは無いが、石井隆の劇画作品で書籍化なったうちの何篇かには性器が描かれている。それは栗本が妄想したような「恐しく偏執狂じみた細密さでもって、描きこまれて」いるものではなかった。「異様な執念」を無理矢理抑え込んで、悔し涙にくれながら間引いた線でもなかった。官憲に挑みかかるような露骨なものではなく、ごくごく控えめであっさりと墨が入っていた。拘泥するでもなく、疎外するでもなく、私たちの身体のひとつの器官として、素直に、ある意味「ちゃんと」線が引かれていた。

 石井劇画において世界を構成するものは総てが同等に在って、統一されたタッチで描かれる。背後を飾る日本家屋のうす汚れた壁紙も、狭いワンルームマンションに明るい未来を想って買い揃えられた小さなテーブルと本棚も、酒場のカウンターに並んだ涙壺のような幾多のガラス容器も、過剰に装われた恋人たちの集うホテルのベッドも、これから殺戮の湾岸に向かうスポーツカーの合成樹脂のシートも、それらはすべて石井にとって“風景”として大切に扱われ、緻密に描かれていった。

 前景に置かれた肉体もまた“風景”のひとつであり、おんなや男の服の風合いも、頭髪や目鼻といった露出した肉体のパーツも、石井隆にとっては同等に等しく置かれている。石井にとっての物語とは、それら総てを同等の熱意で描き切ることであった。

 私たちは【赤い教室】(1976)の白い空隙の向うにさまざまな夢想をすることになるが、そこに虚無ではなく、ましてや「何ともおぞましい、ぬめぬめしたなまこか、なめくじのたぐいの化け物」でもなく、手堅くもたおやかな実線でさらりと描き添えられた丘や襞(ひだ)を淡淡と思い描かねばならない。悪戯にこころ乱すのではなく、ひたすら人間という孤独な生き物と共に在る哀しい肉体を察知し、黙って凝っと向き合うべきである。



2018年11月16日金曜日

“切り返しの構図”~隠しどころ~(8)


 栗本薫が原型は石井隆とほのめかす小説「ナイトアンドデイ」(1982)で作中登場した一枚絵、「画面いっぱいに、女が大股をひろげていた」姿というのは、十中八九の確率で初期の作品【赤い教室】(1976)の最終頁に触発されたものだ。石井隆を発見して社会が騒然としていた頃、この頁は雑誌の特集記事にも紹介されていた。「生きたマンガ史」を自認する栗本が反復して瞳におさめ、記憶の貯水槽にざぶざぶと留め込んだ上で「ナイトアンドデイ」の構想を練ったことは想像に難くない。

 黒板前の教壇に座り、太腿をぐっとせり出したおんなの姿態は見るものをただただ圧倒し、石井劇画を代表する構図として大衆の胸に巣食った。誰だっておかしくもなる。硬く張ったこむら、はだけた衣服、顎から頬にかけての輪郭、半開きの唇、そこに覗いた歯、丁寧にひと筋ひと筋をペン入れされ、乱れ流れて肩をまさぐる厖大な量の髪の毛、そういった石井入魂のハイパーリアリズムが周りの空間を満たしているから、どうしたって妄想の背中は後押しされていく。

 股の付け根に気持ちを奪われ、若い肌と溶け合って輝く空域が最初から何も描かれていない虚空であったのか、それとも最初は“何か”の影がもっと克明に息づいていたのか。皆そろって新生児に戻ったかのように画面中央の白い亀裂に向かってのめり込む。これほど妖しくこころ掻き立てる絵はない。

 “この頁だけ”を瞳に焼き付けてしまえば確かにそうならざるを得ない。しかし、劇画は連続体である。いくら魅了される絵だからといって最後のコマのみを悪戯に取り上げ、そこに至る迄に作者が綾織ったものや読者に生じた感情を無視してはどうかと思う。ひとコマに拘泥して石井隆の幻影を築こうとした栗本の試みは、無謀を越えて正直愚かしい。

 見開きでぐんぐんと【赤い教室】の大股開きが迫って来るのだけれど、その直前の最後から2コマ目も同じく見開きという組み立てとなっている。ここは極めて大事な点だろう。同じ面積の、それも見開きで各々が揃って断ち切りされた極大値のコマが連続している。

 コマの面積は読者の共振を誘発する上で大切な道具のひとつであって、漫画界の名工は巧みに使い分ける術を持つ。同時代の作家に【同棲時代】(1972-73)の上村一夫がいたが、見開きを縦横無尽に駆使していて今も色褪せない頁がある。漫画界の匠(たくみ)によって挿し入れられる見開き頁に読者は言葉を失い、目を白黒させ、時に涙ぐみながら劇空間に突入していったが、石井隆は先駆者である彼らの技を観察し、独力で解析して自身のスタイルを開拓していったのだった。この【赤い教室】の二枚続きの見開きというのは上村に比肩する勇壮苛烈さであり、漫画史のなかでも特筆に価する秀抜な構成となっている。

 コマを自在にあやつる描き手の術策にまんまと捕り込まれるとどうなるかと言えば、「コマの大きさは読者の感情を吸いこむかのように次々と膨張し、いやがうえにもその期待を盛り立ててやまない」(*1)のであり、すっかり気持ちが持っていかれる。【赤い教室】の二枚連続の見開きは上の識者の表現を借りるなら、感情を総て吸い尽くす、または、骨も肉も砕けて消えるほども感情を一気に膨張させた極限の時空と言える。

 ラストカットとその前頁が同等の重さで胸にのしかかるように仕組まれていて、どちらが上とか下とか、どちらが前でどちらが後というのは意味がない。両者があってこそ強烈に押し出されるものがあり、別々に切り離して語るのは無意味だろう。

 両者は“切り返しの構図”となっており、おんなが股間を突き出しているその先の景色がはじめに示されていた。露出した性器を向けられているのは教室の机に並んで座る生徒たちであった。醜聞を耳にして口々にこれを囁き、階層上位にいる教師をからかい困窮する様を楽しんでいたのだった。同僚教師からも孤立し、忌まわしい記憶に嬲られつづけたおんなは正気とも狂気とも区別のつかぬ荒々しさでえいやと教壇に登り、下着をずり落として生徒たちに突き出すのだった。

 石井はその時の反応をひとりずつ丹念に描いている。戸惑いや羞恥する者がいくらか混じってはいるが、総じて重厚な気分が黒々と噴出している。「パプフィギエールの悪魔」さながらに目を剥き、唇をゆがめる。机にうつ伏して震える。立ち上がっておんなの狂態を茫然と見守る。烈しい表情や硬直した四肢からむらむらと発せられ、この場に充満しているのは恐慌と悲哀の叫びであった。

 紙面を破りかねない程の白い刻印である。二度と回復しないほど押しまくられ、少女たちの眼(まなこ)に安穏とした日常空間は大きく裂け墜ちた。生涯を縛るであろう無惨な記憶の傷痕が生徒たちの外貌に刻まれている。そのような痛ましい破壊の後に、あの「画面いっぱいに、女が大股をひろげていた」姿が置かれたのだった。誘惑や扇情のための裸身ではなく、抵抗を試み、退散を祈る姿なのである。石井隆という作家のまなざしと、彼が私たちに何を訴えているかを明確に語っている箇所であり、石井世界の真柱(しんばしら)が顔を覗かしているように思う。

 石井の【赤い教室】を土台として、おんなの大股開きは幾度か映像化されてきた。脚本作品である『天使のはらわた 名美』(1979 監督田中登)があり、『甘い鞭』(2013)がある。劇画にあった驚愕する生徒たちの役割を担うのは、前者にあっては主人公の会社の同僚たち、後者にあっては嗜虐プレイの虜になった中年男であって、どちらも銀幕のなかで咆哮し蠢いていた。

 でも、石井が狙いを定めて仕掛けている本当の相手、拒絶されるべき者とは、実は銀幕に映される男優たちではなく、幕前に並ぶ客席や自宅のソファに漫然と座る者ではあるまいか。きわめて狭い了見を世間の常識と信じ、無責任な言葉を絶え間なく放出してマウンティングにいそしむ私たちにこそ、石井は白くまばゆい光りを発信している。自分本位に世界を見ちゃいけない、常に切り返しのまなざしを維持しながら相手と接しなさい、と切々と語ってくれている。

(*1):「漫画原論」 四方田犬彦 筑摩書房 1994 38頁




2018年4月29日日曜日

“重力にあらがうこと”(9)~雨のエトランゼ~


 屋上からの主人公の投身で話が突如途絶える【雨のエトランゼ】(1979)だが、一頁をまるまる割いて石井が描いた入魂の面差しに圧倒され、読み手のほとんどは首から下の部分、おんなの四肢や胴体の傾き具合について言及することはない。当たり前といえば当たり前の話だ。それは大筋と無関係だからだ。これから書き連ねるのはその些細な部分についてであり、常人の目からは奇怪に映るかもしれない。

 四十年ほども前の劇画に今さらあれこれ言及することは、墓場を荒らして棺桶をまさぐり、遺骸を抱きしめるがごとき狂人沙汰に相違ない。ふと思い出したのだけど、若い時分に自宅のテレビジョンで洋画劇場を眺めていて、その作品が何だったか明確には思い出せないが、『オードリー・ローズ』だったか『リーインカーネーション』だったか、それとも『チェンジリング』(*1)かもしれないけれど、怖いというよりも妙に切ない幽霊譚をしみじみと観終わった後で、締め言葉を言いに現れた評論家が「柳の下の幽霊を捕まえてきて手術台で解剖しているみたいだ」と笑いながら語ったのが強く印象に残っている。

 なんとなく腑に落ちず、それで覚えていたのだった。霊魂を寝台に手招きし、横たえ、真摯に向き合ってその想いや正体を知ろうという行為のどこが可笑しいのか。死者や彼方に去ったものに気持ちを馳せることは魂のもっとも繊細な活動であり、何よりも荘厳な瞬間と思う。枝葉末節にこだわって本質を語らない事は有害でさえあって、作者からしたら相当に迷惑な行為かもしれないが、そこまで向き合わないと到達しない領域というのがある。石井隆という多層な作り手と向き合う為には、この程度の執着は不可避と思うがどうだろう。

 さて、名美というおんなが墜落する一瞬の四肢や胴体の傾き具合はと言えば、背中を地上に向け、両手両足を天に差し出すような具合だ。キリル文字の「ツェー」と発音するらしい「Ц」という文字に似ているだろうか。いや、背中はもう少し丸まり首をぐっと持ち上げている様子は、頭の位置こそ左右反対になってしまうが、テルグ文字でこちらは「バ」と発するらしい「వ」にそっくりである。前述の【女高生ナイトティーチャー】(1983)と似て見えるかもしれないが、体軸の向きがあれと九十度違っている。【女高生ナイトティーチャー】のおんなの身体はビルディングの側壁に対して直角で、両足、両手をを広げて落ちていく。大の字を引っくり返した感じだ。キリル文字で表わせば「ゥ」と発音するらしい「Ұ」だろうか。対して【雨のエトランゼ】のおんなは体軸を建屋側壁に平行にして降下し、男のいる編集部を横目で眺めようとする。

 この「వ(バ)」という体勢は一体どのようにして生れたものだろう。彼女はいかにして屋上から跳んだのか。考え出すとこれは相当に“不自然な”かたちである。先述のように人体の落下は宙に浮く直前の動作に左右される。身体のどこかを支点にして落ち始めれば、円運動の慣性を従えた人体はゆっくりと回転をしながら落下していく。インドのジャイプルで起きた痛ましい事故などがこれに当たる。一方、意を決して足先から飛び込めば、今度は糸引く雨のように一直線に墜ち続け、足首あたりから地上へと激突する。こちらは東北の街に位置する病院スタッフの論文にあったような、主に自殺行為にともなって見受けられる形である。その理屈でいえば、【雨のエトランゼ】の「వ(バ)」の字型形態というのは、まったくもって奇妙に思われる。

 あのような形になるには金網を慎重に乗り越え、屋上の縁をぐるりと欄干状に囲む、専門用語ではパラペットと言うらしいコンクリートの段差に腰をおろした後で、そこに横たわり、それも腹を下にしてその狭いへりに俯(うつぶ)す事が前提になりはしないか。その上で焼き魚を静かにひっくり返すようにして反転し、けれど回転で慣性が生じないようにゆっくりゆっくり落ちなければ「వ(バ)」にならないのではないか。

 それとも『幸せになるための5秒間』(*2)という映画で描かれたような、長い歩み板を準備して屋上からぐっと突き出す方法だろうか。板の上をそろそろと歩いていき、建屋と平行に落ちることを目論んでゆるゆると腰をかがめていき、歩み板に座り、居眠りして椅子からずり落ちるようにして臀部から地上へ向かうことになれば「వ(バ)」に近い形になるかもしれない。これは冗談だ、そんな事はどう考えたって起こり得ない景色だ。

 【雨のエトランゼ】の製作に当たって選ばれ、こころよく石井の取材に応じた雑誌編集部が当時あった雑居ビルは、どうやら同じ場処に現在も建っており、特徴的な窓枠で直ぐにそれだと分かるのだけど、これは4階建てである。もちろん、現場に足を踏み入れてみたり、身近な場処で撮影された映像作品を観れば分かるように、映画でも漫画でも巧妙に継ぎ足された集合体である訳だし、そもそも石井は【雨のエトランゼ】でおんなが飛び降りる建屋の外観を作品内に描き込んでいない。だから、おんなが飛び降りた高度の正確なところは不明だ。

 内部の雑然とした「中小出版社」の風景だけを借用し、物語上の想定では数十階建の高層建築であったものだろうか。エッフェル塔ほども高い場処からおんなは跳び、スカイダイビングの熟練者よろしくコートを広げ、風圧をばたばたと受け止め、草むらの小動物を狙う鳶(とび)のように悠々と体勢を整えながら「వ(バ)」の形へと徐々に移ったものだろうか。これも有り得ない。

 低空飛行を余儀なくされながらも歯を食いしばり、清淡な日々を暮らす市井の男女がふとした拍子に愛憎に打ち負かされ、異常燃焼して自身さえ黒こげになりそうな、それとも凍えて手足がもがれるような時間を過ごすというのが石井隆の人情譚(刃傷譚)の基本であるから、おんなにそんな立派な高度は与えられなかったように思う。それでは、いったいどうやって「వ(バ)」になれたのか。

 笑いや舌打ちが聞こえて来そうだ。たかが漫画の数コマに大袈裟ではないか。書店やコンビニエンスストアに並ぶ雑誌を開けば、重力を無視して躍動する肉体が其処かしこに乱舞しているではないか。漫画とはその誕生の早い時期から、特に手塚治虫が出現し、ロケット工学が急速に発展し、ロボットやサイボーグが跋扈するようになったあたりから、重力から解放された大跳躍や自由自在の飛翔が売り物になっている。そうだ、石井隆は化け猫映画が好きじゃん、名美って化け猫なんじゃないの。猫が落下する途中に身体をひねって姿勢を変えるように、ひょいひょいクルリと回ったのじゃないか。【雨のエトランゼ】のおんなは漫画に所属するわけだから、何が起きても変じゃないでしょ、そんなに堅苦しく考えるべきではないだろうよ。

 普通ならそこ止まりだし、別にそれでも良いよ、と石井は例によって目を細めて微笑むに決まっているが、「漫画」にのみ帰結させるのではなく、「映画」や「写真」、「絵画」や「実体験」に照らし合わせるべきが石井劇画である以上、私たちはもう少しだけ真顔で臨んで別の結論を導く必要がありそうだ。

 この「వ(バ)」は石井の創意が溢れ出た瞬間と捉えて良いように思われる。それは適当とか偶然でそうなったのではなく、確信犯的な奇蹟の瞬間である。後年の映画作品で銀幕に映し出され、私たちの度胆を抜いた一瞬の“不自然さ”が既にこのときから作動していたと捉えたいところだ。『死んでもいい』(1992)で大竹しのぶに天空方向から差し出されるライター、『ヌードの夜 愛は惜しみなく奪う』(2010)で佐藤寛子に降りそそいだ雲母、『甘い鞭』(2013)の終幕に壇蜜の右手首をつかんだ何者かの腕といった奇蹟とも悪夢とも区別出来ないものが紙面に舞い降りている。

 私たちはこれら石井映画の“不自然さ”と同じものを以前から【雨のエトランゼ】のラストシーンに嗅ぎ取っていて、それで時どき、昏い電燈の下に彼の本を引き寄せているのではなかったか。死の後始末を寺社に委ね、墓石に名を刻んで多くの人が去っていくが、魂の部分を手引きする役目までは求めず、良く言えば世界一自由な、悪く言えば寄る辺なき国民の我々にとって、石井の単行本は聖書のように妖しい無視し得ない存在感を書棚の隅から放っている。

(*1):
『オードリー・ローズAudrey Rose』  監督 ロバート・ワイズ 1977 
『リーインカーネーション The Reincarnation of Peter Proud』  監督 ジョン・リー・トンプソン 1975
『チェンジリング The Changeling』  監督 ピーター・メダック1980
(*2):『幸せになるための5秒間 A Long Way Down』 監督 パスカル・ショメイユ 2014



2017年9月9日土曜日

“地獄を描くことによって「救い」を描く”~【魔奴】と【魔樂】への途(みち)~(9)


 こんな具合に旧い映画や書物の余薫が付き纏う。それは【魔奴】(1978)に限った話ではなく、石井作品全般の特徴だ。見聞した総てが雨のように染み入り、やがてゆらゆらりと連鎖しては鮮烈なイメージへと結像する。石井の映画や劇画のひとつを語るときには、当然のごとく数多の残影を引用せねばならない。いや、そうするのが義務というのではなく、ただそうやって広く深く考えた方がずっとずっと面白い作家であり作品であるのは間違いない。

 この辺りで石井が時おり口にする幕末の絵師、月岡芳年(つきおかよしとし)という存在に絡めて【魔奴】や石井世界を再度捉え直してみたい。人里から離れてようやく行き当たる“ひとつ家”の照明の落とされた暗室で飽くことなく繰り広げられる殺傷の景色は、おそらくは芳年の“無惨絵”に触発されたものだ。

 立て続けに親の死、妻の死に直面した男は彼女らを愛する余りにひどく動顛(どうてん)して魂を変調させ、休憩や宿泊にモーテルを利用する客を襲っては殺めていくのだけれど、累々と築かれた死体の始末に対しては無頓着な対応に終始する。モーテル近くに在る底なし沼に無造作に放擲(ほうてき)するのだったが、それはヒッチコック『サイコ PSYCHO』(1960)の系譜たることを紙面に刻む目的というよりは、この劇の主体となるのが何よりも人間の身体を傷つけ、死者を作り出すその一瞬の有り様をこの上なく残忍で逃げない構図なりタッチで発信し、世間を震撼させることだったからだ。私の推測が正しければ、石井は自分なりの“無惨絵”を描くことでどれだけの力が絵に潜むものか試したかったのだ。

 手元に芳年を特集した古い美術誌があるのだが、そこに作家の野坂昭如(のさかあきゆき)なんかに交じり画家の横尾忠則(よこおただのり)が興味深い一文を寄せている。芳年の血みどろ絵画の読み解きとして正鵠を射ると同時に、石井のかつての劇画と現在に至る映画世界にて執拗に重ね塗りされる血の描写についても正しく言い当てているように思う。

 横尾は芳年の「英名二十八衆句」の一枚である「遠城喜八郎」(1866)ほか数枚を選び、芳年の無惨絵の根幹にあるのは「救い」であると説いている。血だらけの武士がかたわらの石地蔵に腕を伸ばしている、「遠城喜八郎」とはそんな絵だ。少し長くなるが書き写しておきたい。

「芳年の絵をどのように見るかは勝手だが、ぼくは芳年に「救い」の観念を見る。救われない世界を描きながら、その実、芳年は救いを求めていたのであろう。正確にいうと芳年が救いを求めていたのではなく、芳年に憑きまとう死者の霊が救いを求めていたといった方が当たっているかもしれない。「英名二十八衆句」という作品は残虐極まりない殺しの場面の連続だ。ここには死の恐怖が最高に凝結しており、彼方に「救い」を求める人間の最後の姿が描かれている。」

「芳年は決して死を美化していたとは思えない。ずるずる引き込まれていく死と狂気の中で、芳年が最も求めたのは「救い」ではなかったのだろうか。己の因果からの解脱を願っていたのである。」

「芳年が仏教的な人間であったかどうかは別だ。ただ己の因果に相当苦しんだことだけは確かだろう。直感的にぼくはそう思う。地獄を描くことによって「救い」を描くなんて、やはり相当の苦しみであろう。因果からの解脱を芳年はどんなに望んだことだろう。「救い」を描きながら、どうしたわけか芳年の作品には「救い」の安堵感など微塵も感じられない。「救い」の観念は描かれているが、残念ながら「救い」そのものは描かれていない。身体中を小さな針が無数に駆け巡っているような痛みを感じる絵ばかりである。」(*1)

 石井は【魔奴】の最後にヤコブの梯子(はしご)にも似たひと筋の光を贈り、男と妻の亡骸を白く照射している訳だから、横尾の透視する芳年の焦燥や妄執とはわずかに段差がある。しかし、地獄を描くことによって「救い」を描くことや、「救い」を描きながら安堵感など微塵も感じられないという芳年の無惨絵の根本的な仕組みと石井の緊迫する劇の間には、地続きの目線なり同一の軌道が確認出来る。

(*1):「みづゑ」1977年8月号 美術出版社 39-41頁 「芳年・血みどろ絵に見る『救い』」横尾忠則 





2017年8月27日日曜日

“恢復のための殺戮”~【魔奴】と【魔樂】への途(みち)~(7)


 【魔奴】(1978)の終幕、モーテルの管理人室まで招き入れられた「愛」という名の少女に向け、主人公の館主は心の内奥を吐露していく。どうして客を際限なく次々に拷問し、あっという間に殺していくのか。殺意の裏側には何か目的があるのか、それとも単なる快楽殺人なのか。男は独白に近い形で、これまでの経緯をぽつりぽつりと話し始める。

 両親を羽田沖の航空機事故で喪い、追い討ちをかける具合に妻までが喧嘩の果てに転倒し、頭を打って死んでしまう。「一時に愛する全てを失いかけて動転して」しまった男は、「死にゆく妻を抱きつづけながら得も言われぬ快感を味わって」いく。その烈しい感情の奔流を男は、「痺れる」に「(愉)楽」と続ける「痺楽」という造語で表現してみせる。この「痺楽」に取り込まれたが為、「死ぬ迄に悪魔の悦しみを味わい尽くさねばならない」という狂った執念に男は縛られていき、休憩に訪れる客を延々と殺めていく事になったのだ。「なんだってやってみたんだ!やり尽くしたはずなのに見つからない。違う!!これが悦楽かよぉ!違う!」と咆哮を繰り返す男なのだが、望みは詰まるところは一刻も早い「昇天」なのであり、救済を欲する被害者兼加害者という歪な立ち位置にいる。

 出口を手探るものの方角が定まらず、聡明なる案内役も現れず、結局はマグマとなって噴出する激情に身を焦がし、抑制出来ずに周りの者に手をあげて殺傷していく悪循環の狂態なのだが、これは哀悼傷身と共に石井の創作にはよく見られる図式のひとつであって、たとえば映画近作『ヌードの夜 愛は惜しみなく奪う』(2010)や『甘い鞭』(2013)とも通底している。もちろん「痺楽(まらく)」に犯されて逃げられない男の姿は、後述する【魔樂】(まらく 1986)とも音の響きから一直線に繋がるのであって、石井世界における【魔奴】の重要性がどれ程のものか、その一点だけでも十分納得せられるところだ。

 さて、【魔奴】最終話の直前、重傷を負った男はこれまで回避していたふたつの行動に出る。自刃と“食人行為”を続けざまにして、読者をひどく慌てさせ、不安と不快の黒い淵に突き落とすのだった。

 秘密の小部屋は轟々と炎を吹き上げ、決定的な倒壊まであと数分足らずに見える。男は大怪我を負って出血が酷いのであるが、妻の遺骸へと這いずり抱き締め、何とか交接し、ようようひとつ身になったところで手にしたナイフを振りかざすと一体化した肉を深々と抉(えぐ)っていく。

 石井隆は即物的なポルノグラフィーを描いているように見せかけ、実は皮膚や粘膜、性器といった人の生殖活動に関わる器官が、必ずしも魂の成り立ちと絶対的に結び付いてはいないのではないか、という霊肉の乖離や疑念、どんなに快楽を貪っても、どれほど欲望にもがいても空隙を完全に埋めることが叶わない現代人の寂寥といったものを描線の下に忍び込ませることが時にあって、その意味で実は快感至上主義者ではなく、むしろ諦観が見え隠れする禁欲的な修行者の面持ちを湛えている。妻なのか自身の一部なのか、それともその両方の肉塊なのか明確でないどろどろのものを両手で掲げて口元に寄せる姿というのは、もう扇情とかエロスの対象ではなく次の深刻な領域に踏み入って見える。

 力尽きて遂に逝った男が、安堵の面持ちで妻の身体と重なり倒れ込んだその頭上の天井部分ががらがらと崩れ落ちて、神々しい一条の光がどっと天空より差し込み、一組の男女の愛の末路を照射する。神の不在を徹頭徹尾描きながら、宗教画以外の何ものでもない幕引きを仕掛けて、確かに石井は“救済”を男に与えようと試みている。

2017年8月15日火曜日

“過去と抗う”~【魔奴】と【魔樂】への途(みち)~(6)


 左右に常緑樹が生い茂る細路を延々と走った先に、一軒のモーテルが建っている。世間からひどく隔絶した場処、すなわち“ひとつ家”が【魔奴】(1978)という奇譚の舞台だ。館の主人は、まだ若く容姿もそう悪くないのだが、時折訪れる利用客を急襲しては自由を奪い、惨たらしい拷問の果てに殺していく。死骸は建屋近くの底無しの沼に放り投げていくのだった。ある日、教師に脅された女子高校生が連れられて来るのだが、客室で乱暴され、抵抗の末に教師を殺害してしまう。その一部始終を隠しカメラで観ていた男は娘を軟禁し、それからは自身の犯罪行為を平然と見せると共に今に至る経緯を語り始める。物語の輪郭を記すとこんな具合になる。

 映画を観る人であればモーテルと沼の組み合わせから『サイコ』(1960)の系譜と捉えるだろうし、悪魔に取り憑かれたごとく異様な熱心さで人を殺めていく男の姿に『シャイニング』(1980)を重ねるかもしれない。また、実在の連続殺人鬼に着想を得た『悪魔のいけにえ』(1974)や『悪魔の沼』(1977)を連想するかもしれない。三作は【魔奴】発表の前の作品であるから、単純な人は石井がこれらを真似たと決めつけるだろう。(*1) 

 真似た、影響下にあると結論することで思考の回路を閉じ、次の興味なり関心に気持ちをスライドしていくことはいちばん容易いことであるが、それでは物語の延髄にまでは辿り付けない。いったい石井の内部に何があり、どうしてこんな物語が産まれ落ちたかを知るには、手を離さずに突き進むしかない。

 石井がショッキングな殺害場面を連続させる映画、例えば上に引いたトビー・フーパーの作品群やほかのカテゴリー、たとえばイタリアのジャロと呼ばれるをどう捉えて来たのか。極度の恐がりである私はフーパーもそうだけど、マリオ・バーヴァやルチオ・フルチの作品を断続的に眺めるのが精一杯であるのだが、石井世界に登場する魂の彷徨、夢魔的な時間、きわめて宗教的でありながらもありきたりな説教から分離している、そんな場面といくらか共振する感じを受けたりする。

 評論家の権藤晋が石井世界に何かしらの波動を送った映画、つまり「記憶の映画」を確認していくロングインタビューが以前あった。その折りの石井の発言を追い、リストに載った未見の映画を探しては後追いすることは無上の喜びであったが、惜しくもインタビュウは尻切れとんぼとなっている。主に邦画中心の聞き書きになっていて、凄惨な魔窟を描いた洋画についての言及はなかった気がする。無類の映画好きで興が乗れば喜んで語り続ける石井が、ほかにいくつも機会が有るなかでジャロに一切触れずに沈黙するのは、実際それほど自身の趣味とは重ならないという宣言と捉えて良いだろう。

 『血とバラ』(1961)と『血を吸うカメラ』(1961)、『吸血鬼ドラキュラ』(1958)、『サイコ』については何度も口にするところから言えば、石井隆の劇の源泉にあるのは、混沌というよりもむしろ理詰めの人間ドラマや古典的な浪漫活劇なのじゃないか。(*2) コンクリートに囲まれて冷え冷えした建屋なり大理石の重厚な採掘場で行われがちな石井描くところの血の祝祭と、これ等は一見肌合いがまるで違って見えるのだけれど、石井の映画体験の原点にして創作の起点として常に活きているのだろう。

 思えば【魔奴】の舞台となる山のモーテルは西洋の城を真似た外観(*3)であって、そこで繰り広げられる劇の、特に後段の壮絶な死闘と建屋天井の崩落の様子など見ていると『サイコ』と骨格は似ていても、むしろ近しい関係にあるのは『吸血鬼ドラキュラ』や、これまで石井は言及したことはないが、同時期に公開されたポー原作の『アッシャー家の惨劇』(1960)(*4)ではないかと推察する。『アッシャー家の惨劇』で終幕に寝巻き姿の狂女が出現して暴走する様子は、石井が脚本と原作を担当した『ちぎれた愛の殺人』(1993 監督 池田敏春)や【20世紀伝説】(1995 画 たなか亜希夫)と二重写しにもなるから、何かしらの共振を生んだ可能性がある。

 『サイコ』ではおんなはあっという間に殺されてしまうのに対し、【魔奴】の少女は生かされ、加害者の告白を身近で聞き、最期の扉を押し開く役割を担う。それはアッシャー家に招かれた語り手(映画においてはフィリップという名を与えられた)と立ち位置が同じであって、これもまた構造的に近接する。

 『アッシャー家の惨劇』という作品が時代に何をもたらしたのか、また、石井が拘泥する『サイコ』が事象をどう描いたのか。銀幕を見つめる少年石井の胸に何を撃ち込んだのか、透かし見るには私はやや齢が若過ぎる。なにか良いテキストはないかと物色したところ、ジャンコヴィックという人の評論書が見つかった。スタイルや描写の烈しさといった点でなく、内包されたテーマに絞って考察を極めた識者の『アッシャー家の惨劇』と『サイコ』に関する言葉をここで書き写したい。これは【魔奴】に限らず、石井の劇のスクリュー軸の一本を上手く言い当てているように思う。

「人物たちはしばしば、抑圧的な過去によって麻痺させられており、またそこに飲み込まれそうになってもいる。」「過去はその人物を取り巻く環境にも、その人物の心理にも影響を及ぼす。人格は自らが産み出した力によって抑圧されており、それによって絶えず消し去られ、抹消されそうになっている。」「『アッシャー家』において、主人公は選択によって自分の運命が決定できるとか、意志は必ず勝利すると思い込んでいるが、そのこと自体が映画のカタストロフをもたらし始めているのである。」(*5)

「『サイコ』においては怪物はもはや社会の外部において産み出されるのではなく、社会の根源的制度とされている家族のなかから生まれてくる」「怪物を産み出すのは「異常さ」ではなく「正常さ」なのだ」(*6)

 フィクションに限ったことではない。私たちを常日頃つよく苛み、揉みくちゃにする普遍的な記憶や血縁の問題が綴られている。吸血鬼映画に心酔し、化け猫映画を憧憬しつつもなかなかそれの具現に手を染めないで来た石井のこころの奥には、誰に教わった訳でもないのにこの“家族のなかからこそ怪物は生まれる”という方程式が根付いたのではないか。私の知る限りでは石井が可視化された「妖怪」を描いたのは、アンドロイド同士の抗争を描いた【デッド・ニュー・レイコ】(1990)を除けば初期のおんな殺し屋もののエピソードのひとつぐらいであって、ほとんどは「怪物じみた人間」を描くにとどまる。

 超常現象の描き方にしても具体的に立ち現われるのではなく、疾病による高熱、思い込み、異常な執心が生み出した幻影としての解釈余地を常に添えていく辺り、乱暴な表現を使えば頑固で地続きの世界観を守っているのが石井隆という作家である。

 石井は【魔奴】においてハリボテ感のあるモーテルの外観を逆手に取り、現実から遊離した、思い切り観念的で突出した話を紡ごうと挑んだのだが、そこで繰り広げられるのは荒唐無稽の皮をかぶってはいるが人間なら誰でもが背負う確率がある呪わしき運命とそれに対する懸命な抵抗の顛末であった。近親者を死に追いやった男が親の遺産であるモーテルにて他人を巻き込みながらやむくもに奮戦し、じりじりと自滅に追い込まれていく行程が描かれていて、近作『ヌードの夜 愛は惜しみなく奪う』(2010)や『甘い鞭』(2013)とも連結している。

(*1): サイコ Psycho 監督 アルフレッド・ヒッチコック 1960
シャイニング The Shining 監督 スタンリー・キューブリック 1980
悪魔のいけにえ The Texas Chainsaw Massacre  監督 トビー・フーパー 1974
悪魔の沼 Eaten Alive 監督 トビー・フーパー 1977
(*2): 血とバラ Et Mourir de Plaisir  監督 ロジェ・ヴァディム 1961
血を吸うカメラ Peeping Tom 監督 マイケル・パウエル 1961
吸血鬼ドラキュラ Dracula 監督 テレンス・フィッシャー 1958
(*3):目黒エンペラーに代表される西洋の城を模したもの。石井はこの建物をいつ取材したか不明であるが、【魔奴】に先駆けて【赤い滴り】(1975)にて採用している。【魔奴】において石井はこの野原にたたずむ建屋をそっくり森の奥へと移築し、ドラキュラ伯爵の城のような多弁な存在へと造り替えた。前景である人物劇と癒着し切り離せない存在として城があり、森が立ち現れている。風景画家としての躍進が両者の間で確認出来る。
(*4):アッシャー家の惨劇 House of Usher  監督 ロジャー・コーマン 1960 
(*5):「恐怖の臨界―ホラーの政治学」 マーク ジャンコヴィック 青弓社 1997  125-126頁
(*6): 同 128頁 ここはジャンコヴィックが他の評論家の意見を紹介したもので、続けざまに「異常さ」「正常さ」について一考を促している。





2017年8月13日日曜日

“不自然な遊泳”~【魔奴】と【魔樂】への途(みち)~(5)


 インタビュウに答える石井の言で興味深いのは、過去見聞した小説や映画、漫画といったもろもろの記憶が創作上の台詞や面影の生成に幾らか関わっている点がある。大盤振る舞い的にそれ等の題名を順次挙げていく件(くだり)があって、意外な連結に驚かされる。模写とかオマージュといった明瞭な意図を孕んだものではなく、無意識的に挿し込まれていくところがあって、また、源流の面影そのままではないから気付かないままの読者が圧倒的に多い。(*1) 

 劇画のコマなり映画のシーンで芽吹き、蔦(つた)を伸ばして色調を転換させ、秀抜なアクセントを産んでいくにしても、其処にいちいち立ち止まって検分する者はいないのだし、実際、他者からのイメージの移植自体が劇の心髄とはなっていないから、あえて取り上げる必要も無い。ただ、この場は石井の作劇法への肉薄を主眼としているので、簡単に捨て置くことは出来ない。

 【魔奴】(1978)について石井が公の場で語ったことは無い以上、これから書く事柄はいずれも推量に過ぎないのだが、この極めて烈しい顔立ちの一篇にも〝記憶の映画”の薄片は視止められるように思う。迂回する形とはなるが、その辺りについても随時触れながら進んでいきたい。作家の魂の一分野を構成するものは何かを考え、五感を鍛えることは石井の創作世界を読み解く上で有効だろう。

 さて、【魔奴】という作品は世の中にふたつある。最初に連載されたのは漫画雑誌ではなく、加虐行為(サディズム)と被虐行為(マゾヒズム)を主題においた小ぶりの専門誌であった。(*2)  後日、大幅に加筆された上で「漫画タッチ」(白夜書房)誌上にて再度連載されたのだったが、両者の間には微妙な段差があって混乱を来たしそうだ。「タッチ」版は終幕部分で大きく舵を切り直しており、物語全体から放たれる熱の種類が違っている。映画のレイティングシステムにも似た表現の自己規制がはたらいたものか、作家の内部で何かしらの心情的変化が生じたものか、その辺の事情は全く私たちには知らされていない。どちらが良いとか悪いではなく、まるで別個の作品と捉えて構わないと私は考えるので、両者の連結を思考から一旦はずし、今は先に世に出た方の【魔奴】にのみ話を絞り込んでいく。

 連載号を古書店で買い求めたのは発行されてからかなり経ってからだし、そもそも私にはその手の嗜虐的性向のセンスがまるで無い。この劇画が当時の読者の目にどう映ったものかを語る資格はないのだけれど、いくら素養と経験値が乏しい凡人とはいえ、頁を広げれば異形の万華鏡が無尽蔵に展開される訳である。真夜中の熱帯植物園に踏み込んだような具合であり、それら奇妙で妖しげな植生なり花弁をつらつら眺め、息を詰まらせながら散策を続けるうちに石井の【魔奴】の立ち位置がどんなものかは何となく分かってくるのだし、他の掲載物とは相当に肌合いを異にしているのは直ぐに了解できた。

 足を深く突っ込んでしまうと底なし沼と化して身動きが難しくなりそうだから、さらりと簡潔にまとめてしまいたいところだが、石井の【魔奴】は趣味の域を超えた殺戮劇であって、主人公の加虐行為に歯止めがかからない。

 わたしには学者肌の知人がひとりいて、嗜虐的性向に関わる文化につき日々こつこつと調べては丹念に咀嚼し、自身の血肉と魂の糧にしていく熱心な人なのだが、先日書いておられた文章によれば、日本人の性文化の一画を占め、日陰ながらもしっかりと根付いたその紅蓮の花は、“拷問”ではなく“折檻”という種子が発芽した末のものという。言われてみれば、なるほどそんな感じはする。縛る方にも組み敷かれる側にも愛情といたわりが層を作り、快楽の高みをひたすら模索していく。非日常の時間が過ぎれば普段の生活が待つことを最初から受け入れていて、帰還のために後遺症を残してはならず、縄や鞭の痕跡は着衣の裏に上手に隠れなければいけない。下着に触れる薄桃色の痣だけが時折うずき、そうっと其処だけで息づくようであらねばならない。

 ところが、石井の【魔奴】に描かれる責め苦というのは、後年の映画『花と蛇』(2004)や『甘い鞭』(2013)とも通底するのだが、生死の境界を行きつ戻りつする過酷な拷問なのであり、まったく容赦がない処刑行為そのものであって、捕獲された男女は屠畜場さながらつぎつぎに殺害されていき、加虐行為者の男はそこに感情を微塵も差し込まれない事をかえって悦ぶが如きだ。読んでいて暗然とし眉を曇らすばかりであって、これは私たちが密かに口にするSMとは別次元の生死を賭けた水際の物語となっている。

 ならば【魔奴】は日本ではなく西洋文化の色に染まった無国籍劇であるかと言えば、どうもそれともまるで違う。よく言われるように日本のそれは盆栽に代表される植木の血脈に置かれ、西洋のそれは馬の調教の延長に当たる。『花と蛇』や『甘い鞭』は、そして【魔奴】には矯正も訓練も支配の思惑もなく、無計画で刹那的な時間がどこまでも繰り返されてしまう。さながら気密室に人を閉じ込め、接続なったボンベのバルブを開いて内圧を極限まで上げていくような、息苦しくも無慈悲な時間だけがのたうっていく。

 石井の体質のなかに血に極度に酩酊するところがあって、想像がエスカレートして止まらないのだろうか。石井が嗜虐的性向を描くと、どうしても血を見ずにはおかないのか。そんな事はない。当時石井は【魔奴】掲載誌以外にも同様趣味の雑誌に数多くのイラストを寄せているし、小説の挿絵も提供している。そこにあるのは一種伝統的な責め絵の数々であり、石井はプロフェッショナリズムでこれを見事にこなしている。掲載誌において【魔奴】だけが“不自然”だったのだ。季節と天候に逆らい、白波をばちゃばちゃと蹴立てる遊泳者の孤影がある。

 これを読む人の多くはきっと頷いてくれるように思うが、その“不自然さ”において【魔奴】は極めて石井隆らしい作家性を帯びた作品となっている。何がどう描かれているかを書き出すことで、作家の特性が垣間見られる貴重な作品ではないかと思う。

(*1):石井の劇画のなかには特定の作家、具体的にはつげ義春へのあきらかな尊敬や愛情を基盤として描かれた節のある数編が交じっている。しかし、ほとんどの作品においては記憶の薄片がコマに注入されたとしても、それは残像か一瞬の閃光の如きものであって作品の流れを大きく左右しない。
(*2):「SMセレクト」 東京三世社

2016年12月30日金曜日

“ドッペルゲンガー”(5)


 “風景”に話を戻します。石井隆の創造世界に視軸をどっしりと据え、歳月をある程度経ていくと、いつしか各作品の台詞と道具、構図や哲学なりが別の作品と二重三重となることに気付く。繊細な糸で結ばれていて、その刻刻にもたらされる愉楽は大きい。ある時は艶やかな共鳴があり、ある時は長く尾を引く疼痛に悶える。

 この理屈で言えば、【おんなの街 赤い暴行】(1980)とそっくりの現象がどこかで起きていてもおかしくない。目を凝らし、慎重に記憶を手繰ってみる。もちろん前述のとおり、『甘い鞭』(2013)の地下室があり、『ヌードの夜 愛は惜しみなく奪う』(2010)でおんなの魂を侵した風呂場があるが、今欲しいのは作劇の根幹、彼の“風景”とは何かを明示する刻印である。

 陰森として凄気漂う【赤い暴行】の風景分裂、これと相前後して石井は独りのおんなが冥府をめぐる連作短編を著していて、(*1) その中に名作【おんなの街 赤い眩暈】(1980)が含まれる。この譬(たと)えは作者に嫌われるかもしれないが、石井隆版【ねじ式】と呼べそうな趣きだ。(*2)

 あらすじを綴ることに意味が有るのかどうか、また、上手く伝わるとも到底思えぬ幻想譚だけど、これから書く推論を分かってもらいたい一心から短くまとめればこんな具合だ。

 かんかん照りの舗装路をおんなが汗を拭き拭き歩いている。ゴーッという突然の地鳴りが聞こえ、横断歩道に亀裂が走っておんなは横倒しとなる。頭部をしたたか打ったおんなの意識は滑空を開始し、路地やトンネル、廃墟の容相を呈した夢うつつの空間を彷徨い、やがて案内人の手を借りて“あっち”へと歩み去る。ぽつねんと佇むおんなの影が大きな瞳に映じ、ぐっと手前に視座を移せば、それは地べたに血を流して倒れるおんなの半身なのだった。周囲に人影がある。「救急車呼んだからね ガンバンだよ!」「轢き逃げらしいわよ 車逃げて行ったもん」とめいめい勝手に言葉を発しながら、痙攣するおんなを為す術もなく見下ろしている。

 劇中には具体的な背景が大量に挿入されて在り、どれもが印象深い。一部は複数の西洋絵画を縫合させた物と推察されるのだけれど、それ以外のほとんどは取材に基づく実在の景色と思われる。(*3) 着目すべきは、冒頭の転倒時の背面に描かれたのどかな街路と、最後の見開き頁に横臥したおんなを取り囲む人だかりの後方、にょきにょき生えてそびえる高層ビルの群れだ。前者は写真を基に描かれ、後者はコントラストを強調されたコピー画像が使われている。技法こそ違うが石井がその足でおもむき、その目で切り撮って来た場処が採用されている。

 転倒事故を起点とした臨死体験を描いたもの、と捉えた場合、冒頭と終幕の背景ふたつは面立ちを重ねてもっと気持ちに馴染んで良いはずなのに、よくよく冷静に考えてみればいかにも不自然な取り合わせとなっている。むしろ石井は、極端なパーツをわざわざ選んで配置しているように思う。波打つ大地に足をすくわれて傾ぐおんなの背後を、チン、チンと一台の古めかしい市電が鐘を盛んに鳴らして通り過ぎる。新宿に市電は走っていたか、そもそもこれはいったい何処なのだ。

 また、冒頭では天頂近くに紅炎(こうえん)揺らめかす太陽を配置してあるのに、一転して幕引き場面では漆黒の闇が摩天楼の上空を埋めているのであって、時間軸上の折り合いさえつけようとしない。よくご覧よ、変なのが分かるかい、どういう事だと君は想う、と石井は例によって黙って映像を差し出している。

 倒れて意識障害を起こした人間が起き上がること叶わず、けれど思考を混濁させたまま夢に迷って指先をさわさわと蠢かす。強風に吹かれるどんぐりのごとく、ごろごろと寝転びながら道路を横断し、もそもそと階段を登り、交通機関を蛇のように這って乗り継ぎ、西新宿までようやく辿り着いたのではもちろんないのだし、そんな狂った苦行を経る間にいつしか午後の陽射しは消え去り、ネオンの灯る熱帯夜に至った訳でも当然ない。終幕に描かれた夜こそが現実で、その数コマ以外はすべて黄泉路、石井劇に特徴的な人の精神が拡張した“風景”が起動したと解釈すべきだろう。

 そんなのは読めば誰だって分かるさ、くだくだしい説明はいらないと立腹の御仁もおられようが、私がほんとうに書き遺したい点は実はそこではない。

 【赤い眩暈】の開幕を飾る市電について調べてみたのだが、これは昭和二十三年から昭和二十七年に新潟鉄工所において一台あたり700万円で新造された半鋼製二軸ボギー車であり、石井の生まれ育った街の戦後復興期の主力として活躍した「100型」と呼ばれる電車と分かった。昭和四十四年に交通局においてワンマン化改造工事がされ、昭和五十一年の終業時まで運行されている。(*4)

 【赤い眩暈】の発表は昭和五十五年であるから、その時点では市電運行は終了していたのであって、だからずっと以前の段階に石井が撮り溜めたフィルムから、鐘を鳴らして蘇えり、焼き付けられた写真が原形なのだと分かる。電車の窓の下に「ワンマン」の看板が読めるから、石井がこの景色をファインダー越しに見たのは昭和四十四年より後となり、つまり学生の時分以降の光景と判断される。

 おんなの精神を包みこんでいるのは途切れ途切れの記憶というよりも、ここでは過去という時間そのものなのである。そこのところがきわめて肝心と思う。昼とか夜とか、そんな短い切り貼りではない巨大な跳躍が、隠し絵さながら秘かに組み込まれている。それも【赤い暴行】の白い崖とふたつ揃って、“故郷”の原風景が次々と私たちに無言の内に示されていた次第なのだ。

 新宿以外の背景素材が欲しくなり、古いキャビネットの奥に仕舞われたアルバムを引っ張り出してきた可能性がゼロでないにしても、名美を愛しく、死の経緯を情念こめて描いて、その度に“故郷”へと先導するその筆先には詩的な側面がつよく薫っている。

 【赤い眩暈】の構造は他の劇画作品と融合した上で、石井の近作『フィギュアなあなた』(2013)に結実したが、そこに観客のほとんどは地獄を垣間見た気がして悪寒を覚えた。うら若い男女が配置され、つるつるの染みひとつない肌が露わとなり、踊躍(ようやく)し、舞踏する肉体を見せつけられた私たちではあったが、舞台となった廃墟ビルや棄てられた人形、雨ざらしの屋上、荒廃したアパートの小部屋が背景を覆い尽くし、死という空間が見捨てられた場処、不要と見なされた人間の放り出されるゴミの山とも思った。

 はたして石井のまなざしの奥に拡がる“あっち”とは、荒廃を極めるばかりの廃棄物処分場であるのかどうか。チン、チンという穏やかで懐かしい鐘の正体をこうして知ってみると、もう少し前向きな、多角的な想いが込められていると感じられる。

 死とは、時間軸に縛られることを宿命付けられた生身の人間が冷たい頸木(くびき)から解き放たれ、時間流とは無縁の新たな舞台に一歩だけ踏み出すこと、と、石井は解釈する。劇画や映画は、それを現世で視覚化し得る唯一の奇蹟でありはしないか。時間という圧倒的な流れの前に無力な人間が最後に投げつける持ち札として、命がけの抵抗の果ての褒賞としてそれはあり、渡河した瞬間から私たちが過去と呼ぶ時空がやさしく待ち止める。

 見知った人の訃報を耳にすると無惨な断裂の想いに苛まれるのが常であるが、そのように信じてみれば、救いの手がそろり目の前に伸ばされて感じ取れる。こんな歳の瀬ではなおさらだ。頑強な足腰と快適なウェイダーの与えられ、微笑みつつ心ゆくまで時の川と戯れる‟風景”の訪れを切に祈るのみだ。


(*1):私たちファンは勝手に“タナトス四部作”と名付けてみたが、それ等を構成する素材を丁寧に調べていくと、病的なもの、破壊的な物ばかりでない事が分かる。“タナトス”という括りは性急過ぎるかもしれない。
(*2):【ねじ式】 つげ義春 1968
(*3): http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1157506539&owner_id=3993869
(*4):仙台市交通局 仙台市電保存館 展示資料より


2016年12月26日月曜日

“ドッペルゲンガー”(4)


 石井世界において“風景”は単なる舞台装置ではなく、人間の精神を拡張させた確かな存在として働いている。どれだけ静慮に価するか、二、三の分身譚を通じて読み解いてきた。

 “風景”の話からはやや横道に逸れるけれど、少しだけ影法師そのものについて想いを馳せたい。「ウイリアム・ウイルソン」等のよく知られた怪談とは異なり、石井の劇では同じ顔立ちの相手と鉢合わせして視線がからんでも、驚愕したり拒絶することなく、即座に自分自身と認めてにじり近寄っていく。具体的には『甘い鞭』(2013)の終局に出現した分身とそれを前にした反応を指すのだが、その様子がなんとも風変わりである。相手に対して一切の反撥を覚えず、同じ磁場に取り込まれたようにして一歩、また一歩と近づいていく展開というのは、私には十分に不自然で独特の展開と思われるがどうであろう。

 厳密にはドッペルゲンガーとは呼べないにしても、石井の劇には相貌を近しくする者への物狂おしい拘泥があり、また、鏡像に対する頓着も明らかだ。これらは同根の事象であり、石井世界を解読する上では容易に外せない点と感じられる。

 たとえば、二、三の作品をここで例示するならば【黒の天使】(1981)の一篇【ブルー・ベイ・ブルース】がまず浮上する。1998年のまんだらけ版で大幅に改稿され、ゲストの不良少女の顔が主人公の殺し屋、魔世というおんなに極めて似た華やかな面貌にことごとく改められた点が印象深い。また、1984年に発表された【赤い微光線】にて、石井の代表作【天使のはらわた】(1977)の主人公‟川島哲郎”を彷彿させる無頼、川島が登場し、名美をめぐってその恋人である優男(やさおとこ)村木と正面から衝突し掠奪を繰り広げる辺りがそうであって、極めて異色でありながらも石井という作家の心髄が露出した瞬間ではないかと思う。特に後者の男ふたりは似た顔立ちであることを宿命づけられながら、双方共にこれに全く触れることなく、化粧台の鏡像のように黙々とおんなを挟んで向き合っていき、さらには終盤におよんで徐々に容姿の段差が埋まっていくのは玄妙この上ない。 (*1)

 心理学や動物行動学では雌雄が惹かれ合う条件は何であるのか、「配偶者選択行動」という題目で研究されているが、それによれば遺伝学的に遠すぎず近すぎず、ほどほどの距離をもった相手が選ばれやすい。夫婦が似るのもそれが一因という。また、ふだん鏡などを通して見る自分の顔を基準とし、似た面立ちの犬を飼ってしまう傾向が私たちにはあるらしく、これを「親近性」と称すると専門家は書いている。(*2)

 確かにそういった現象は散見されるけれど、日常の赤の他人と交り合りにおいては連れ合いやペットを求めるような取捨選択の意識なり行動はともなわない。多くの場面が受け身であったり、無理に押し付けられる出逢いであって、そこでうり二つの相手と対峙する羽目に陥ると自由が利かない分、生理的にいかにも気色が悪い。

 余程の自信家でなければ人は自分と似た他者を即座に受け止め、無条件に愛せるものではない。了見の狭い、歪んだ過剰反応だろうか。私などは相手の厭な部分、それは寝癖が取れぬままの髪や伸びた鼻毛であるかもしれないし、バランスの悪い目鼻立ちや頓珍漢な服装、それに、場慣れせずにおどおどした身振りといった外面の困ったところ、はたまた言葉の端に出る底意地の悪さ、凡庸な頭を晒す滑稽な会話など内面の恥ずかしい部分がやけに目についてしまい、我が身の弱点や未熟さを指摘されたような後ろめたい気がして思い切り遠ざけたくなるか、別のテーブルに逃げたくなる。

 ブラッドベリの短編に双子を題材にした作品があって、ひと言で書けばうつくしい姉妹が徐々に仲たがいしていく様子を描いた内容だけど、これなどは実に気持ちにしっくり来る話だ。顔だけでなく服装も仕草もそっくり似せることを信条とする姉妹の間に波が立ち、弦が切れるようにして心が乖離していく。やがてその肩割れが体型を変え、髪の色を変え、服を変えて抵抗を始める。人には本来、近親憎悪とも言うべき魂の渦があって、なるほど親しみを抱く瞬間もあるだろうが、同程度かそれ以上の嫌悪も生まれ落ちる。(*3)

 石井の劇における鏡像はなぜかそういった不快をもたらさず、愛着の対象にしかならない。作家の性格と言ってしまえばそれまでだが、この絶対的な傾性が石井世界の底のほうでマントルとなって流れており、一定の方角に押し流している。それぞれ独立した作品たちを群体のなかに引き止め、その総身に重い勢いを与えている。

 劇画【黒の天使】の最終話にて、ヒロイン魔世ときわめて似た面立ちでありながらもこれまで繊細に描き分けられていた助手役の娘、絵夢が、死者の服を纏い、遂に主人公の相貌とひとつになって、仇討ちのために裏組織の本拠地に乗り込んでいく姿の切迫しながらもひどく甘苦しい気分というのは、石井の鏡像嗜好のひとつの到達点であり、今もってまばゆい熱源となっていて忘れ難い。


(*1): いずれも石井の劇特有の不自然さが愉しく、以前別の枠で取り上げている。http://mixi.jp/view_diary.pl?id=312127000&owner_id=3993869
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=216419068&owner_id=3993869
(*2):「美人は得をするか 「顔」学入門」 山口真美 集英社新書 2010  107-111頁 
(*3):「鏡」The Mirror レイ・ブラッドベリ 「バビロン行きの夜行列車」(ハルキ文庫 2014)所載


2016年11月23日水曜日

“ドッペルゲンガー”(3)


 【おんなの街 赤い暴行】(1980)で起きた奇妙な“風景”の分裂。これに似た描写が過去の小説や映像にあったものかどうか。関連書籍(*1)の頁をめくり、古い映画もいくつか引っ張り出して眺めたけれど、読めば読むほど、見れば見るほど石井の【赤い暴行】は異趣奇観、突き抜けていると思う。

 「ドッペルゲンガー文学考」と銘打たれたその本のなかに、『ゴジラ』(1954)の原作者として知られる香山滋(かやましげる)の言を借りた箇所がある。香山は怪奇小説を三通りに分類して、自身の作品は(A)に当たると書く。「その一は、怪奇なる存在が、実在のそれらに交って行動する点を主眼とするもの(A) その二は、一見怪奇に見えて、実は合理的に説明付けの出来るもの(B) その三は、故意に怪奇性だけを主張するもの(C) 」(*2)

 ドッペルゲンガー譚は(A)と(B)の間を行きつ戻りつするが、ほとんどは(A)の範疇にておどろおどしく描かれる。最初にある「怪奇なる存在が、実在のそれらに交って行動する」の“実在”とは、劇中の一般人を通常指すのだが、もう少しだけ解釈に幅を持たせれば、小説世界で構築なった町なり社会、環境であって、そこに異質の者が侵入したという意味合いだろう。物語の土俵はあくまでもこちら側に在るのだし、仮に「怪奇なる存在」の摩訶不思議な故郷が劇中で覗かれたとしても、観念的に両者は地続きである。ドッペルゲンガー、日本では分身とか影法師と呼ばれるものが描かれる場合も、大概において舞台である「風景」は唯ひとつであって、そこでドラマはのたうっていく。

 石井隆の分身劇はどこか姿勢が違う。『甘い鞭』(2013)の終幕、極限状態に置かれたおんなが人を殺め、血みどろの体で魔窟をとぼとぼと歩む目線の先に、おのれの分身が忽然と現われるのだったが、それが実在の舞台、ここではSMクラブのプレイルームに入り交じって現われるのではなく、屏風のごとく「自身の風景」を背後に従えている点が特異で面白い。

 私たちは『甘い鞭』のこの場面を前にして、『人が人を愛することのどうしようもなさ』(2007)の幕引きを即座に思い出す。忌まわしき記憶の虜囚となったおんなが精神病院の回廊を幽鬼となって彷徨うのだったが、そこで被験者用に設けられた寝室が突如現われて度肝を抜くのだった。確かに顔付きはあれと似る。しかしながら、『甘い鞭』のそれは合理性が跡形もなく吹き飛び、闇路より無言で湧き出している。癒着した胞衣(えな)さながらおんなの後ろに広がって、ひたすら怖ろしい。

 分身ドッペルゲンガーが心神に関わる現象と捉える石井は、ならば姿かたちだけでなく、風景を従えて出現するのが至極自然とどうやら捉えている。さらにこの事は原作小説をなぞっただけに見える『甘い鞭』という劇のコアが、実は三十年以上の歳月をまたいで【赤い暴行】と完全に連結しており、石井世界の伽藍に隙間なく組み込まれる点を示している。私たち人間を石井は、風景に縫いつけられた存在、風景を纏った者としてずっとずっと見ている。

 それと、これも“通常の”ドッペルゲンガー譚であれば特徴的と言えるだろうが、分身とか影法師が衣服なり装身具を真似する点があって、ポーの「ウイリアム・ウイルソン」でも服装の模倣が繰り返し述べられてあったのだし(*3)、ドッペルゲンガーを題材にした映画にしてもそれは同様だ。「ウイリアム」を原作にした一篇(*4)にしても、ドイツの古典『プラーグの大学生』(1913)(*5)にしてもそうだし、黒沢清の『ドッペルゲンガー』(2003)だって言われてみれば分身の格好は執拗に実像のそれをなぞる。

 これに対して石井作品はどうであるかを見ていくと、妖しげな独自の符号が見つかる。すなわち石井の劇中においてドッペルゲンガー的な分裂が始まると、そこで決まって人物は脱衣をするのであって、まったくこの点も奇怪なことと言わねばならない。

 横穴の奥に瀕死で横たわっていた【赤い暴行】のおんなは、奪衣婆(だつえば)よろしく到着した追い剥ぎに衣服のすべて、下着の果てまでを奪われ素っ裸になるのだけど、これに合わせて実在のおんなもいつの間にか一糸まとわぬ姿で背後の幹に寄り掛かっている。『甘い鞭』にて対峙する実像と分身のおんな二人もそうであり、ほんのわずかの衣しか着けぬ半裸のさまで「風景」のなかによろよろと消えていく。

 『ヌードの夜 愛は惜しみなく奪う』(2010)もまたドッペルゲンガー譚と似た面持ちだった。ここで言うドッペルゲンガーとは分身とか影法師の意味でなく、“離魂病”と記した方がしっくりするだろうか。自分という存在を抹殺したいと願うおんなと、つらい記憶を背負って自分を失った男が出会ってしまう話だ。舞台背景となる男の部屋、書棚の本がすべて後ろ向きに、背を奥にして小口を手前に晒して並べられた寂然たる住まいであったり、おんなが際限なく逃げ込む精神世界にしてもそうで、荒涼として深い陰影を帯びたものが劇の大半を縦断していた。人格を分裂させていくおんなが巨大な「風景」、地下の洞窟を従えて素裸で夢中遊行する姿の神寂しさが際立っていた。

 こうして視ていくと石井隆の「風景」とは登場人物と驚くほど密着したものであり、ときに魂の諸相と完全に同調してしまう。そうなると衣服以上の密着度を「風景」が手に入れるがゆえに、今度は衣服こそが異物となって排除対象とさえなるのだ。背後に控えた「風景」を切り除けて石井世界を語ることが、いかに危ういかが読み解ける。(*6)

 漫画や映画において起承転結の語り口ばかりが重んじられる傾向が強いが、石井作品は絵画空間にも似て、「風景」と人物、背景と物語は分離し得ないし、両者をふくめて語らない作家論は空振りに終わる怖さが潜んでいる。

(*1):「20世紀日本怪異文学誌―ドッペルゲンガー文学考」 山下武 有楽出版社 2003 
(*2): 同 93頁 引用元は「『怪奇性』の取扱について」、「鬼」(昭和27年3月)所載とある。
(*3):「エドガー・アラン・ポー短篇集」西崎憲 翻訳 ちくま文庫2007 「わたしの服に関しては真似するのは簡単だった。」(206頁)「男はわたしと同じような白いカシミヤのゆったりした斜め裾の服(モーニングフロック)を着ていたが、それはわたしがその時着ていたものと同じで、流行の裁断が施されていた。」(214頁)「予期していたようにかれはわたしとまったく同じ出で立ちをしていた。青いヴェルヴェットのスペイン風のマントを着て、腰には真紅の帯を巻き、そこに長剣(レーピア)を佩いていた。」(227-228頁) 
(*4): 『世にも怪奇な物語』 Histoires extraordinaires  William Wilson 監督ルイ・マル 1967
(*5): DER STUDENT VON PRAG 監督ステラン・リュエ 1913
(*6):この理屈をどこまでも延ばせば、衣服を脱ぎ棄てて真向かう私たちの夜の棲み処と愛の営みもまた‟風景”、ということになる。なんだか吉行淳之介あたりが書く内容のようであり、実際石井はそこまで明確に自作の風景に言及をしていないのだけど、少なくとも石井の作劇にとって舞台と気象、人物は同等の比重を持って描かれているのは間違いない。



“ドッペルゲンガー”(2)


  【おんなの街 赤い暴行】(1980)については少し前に書いている。(*1) 重複なるから詳しく触れるつもりはないが、劇中に描かれた崖をめぐって話をさらに進める上で、ざっと物語の輪郭を紹介するのが親切というものだろう。自死するおんなの話だ。妻子ある男との仲に疲れたおんなが薬を大量に呑み、故郷の鬱蒼とした森をさ迷い歩く。足がだんだんにもつれて、遂に歩けなくなって木の根元にへたり込んでしまう。そこは切り立った崖の縁(ふち)で、視線を横にやると同じように樹林を冠状にそなえた白い崖が目に止まり、そちらの崖の中腹には例の黒い横穴が開いているのだった。よくよく見れば穴に横たわる人影があって、おんなはそれがもう一人の自分と直観する。ふたりの名美は視線を交わし、物狂おしい時間を重ねて行く。

 劇の舞台となった崖はもしかしたらアルファベットのC、もしくはLの字のように湾曲していたかもしれず、ふたつと見えたのは間違いで最初から地続きの一体ものであったのだろうか。それならばそれで良いのだけれど、自作の背景描写に極端な写実を課していた当時の石井であるならば、CまたはL字の崖がこの世に実在するのが自然のように感じられる。ところが「佳景2」(それは「佳景1」も同様なのだが)に写されている崖は、ほぼ直線状に左右に展開しており、互いを視認し合える程も近い距離にて向き合ったり直角に接合するさらなる崖は見当たらない。

 この辺りは海沿いの平地ゆえ、川はうねうねと蛇行を連ねる。川筋の外側と内側では流速が変化し、浸食と堆積の不均等な現象が起きるから、片方に崖があれば反対側はなだらかな砂や石の堤となるのが自然であって、鏡像のように向き合った均質の崖は造られないのが道理なのだ。もし有ったとしても、中洲も含めた川底は二十メートル程も幅が生まれているから、それぞれに人が立ったとして相手の表情を探るのは到底難しい。やっぱりこの白い崖はひとつしか存在していないのだ、と、鈍感な私もさすがに了解した。石井は“無いもの”を描いている、いや、有るものを“二重にして”紙面に植えつけている。

 【赤い暴行】とは、ひとが生から死へ渡河する瞬間を描いた作品であり、その時主人公はもうひとりの自分自身を目撃するという点において一種のドッペルゲンガー譚であるのだが、特筆すべきは人物といっしょに「風景」である“崖”もまた分裂している点だろう。【赤い暴行】をよく読み込めば異常な展開であるのは一目瞭然なのだけど、薬で朦朧とするおんなの意識に没入する余り、その事を迂闊にも見逃していた。

 「風景」が人物にまとわりつき、人物の分裂(ドッペルゲンガー)にしたがい「風景」もまた分裂して寄り添いつづけるというのは、これはまるで見たり聞いたりした事がない【赤い暴行】にほぼ限定した現象であるのだし、ここを基点として映画近作もふくめて石井世界を振り返れば通底する場面が幾つか立ち上がってくるように思う。石井隆の「風景」とは何か、彼の描こうとする世界の規則性が鮮明になっていく。

(*1): http://grotta-birds.blogspot.jp/2016/02/blog-post_7.html



“ドッペルゲンガー”(1)


 「佳景2」と題した場処は、石井隆の劇画作品【おんなの街 赤い暴行】(1980)にて背景素材となった崖である。これに絡めるかたちで“石井作品の風景”について思うところを綴ろうと思う。

 崖の中腹にはもともと小ぶりの洞(ほら)が穿たれてあったのだが、今は灰色のレンガ状の物で塞がれていて、目を凝らしてようやくその位置が判るそんな状態にある。「佳景1」と題した画像数葉は同一地点ではないのだけれど、生成の過程なり年代はかなり近しいと想像されるから、往年の崖と横穴の様子はこんな具合だったと考えても構うまい。

 ほぼ垂直の十メートル程度の崖の途中、地上から二メートルから三メートルの位置に穴が開けられていて、土の成分によるのか、それとも軟らかい土質が根を下ろすのを阻むのか、雑草で覆い尽くされずに白い崖の大部分が剥き出しとなっている。

 黒い穴はいわゆる横穴墓(おうけつぼ、よこあなぼ)と呼ばれる古人の埋葬痕であり、丘陵や山裾などのやわらかい傾斜部を掘って造られるのが一般的であるけれど、「佳景1」と「佳景2」は共に川原に面して在るのが珍しい。わたしは学者でも何でもないが、雰囲気に惹かれて古い墓所や寺社を時おり訪ねるのを趣味としていて、これまで幾箇所か横穴墓群を覗いている。近くを川が流れている事はあっても、ここまで近い距離に水面があるのは知らないし、大概は地上から数十センチ、あっても一メートル近辺に穴が掘られている。その後、二段三段とその穴の上方の斜面を利用して次の穴が造られ、やがて蜂の巣状になることはあっても、こういう大人の手も届かぬ高所にぽつねんと穴がひとつだけ、もしくは一列に掘られていくことはまず見ない。

 この奇観が産み落とされたのは川に面すればこそ、と考えている。台風や長雨、もしかしたら津波による海水の溯上といった水位の上昇なり氾濫を配慮して、穴の位置は背丈より高い位置に決められたのではなかったか。そう思えば素直に合点がいく。石井世界と現実世界の接点をもとめて足を運んだのは違いないが、それ以上に見ることの愉悦を味わう時間となった。

 さて、「佳景1」と「佳景2」を目の前にすると、だから目前に青い川面が広がるか、それとも背後にせせらぎを聴くことになる。ここで三途の川だ、アケローン川 Acheronだ、と甘い連想に浸りたい訳ではなくって、そのような現実の地に立ちながらにわかに違和感を覚えるところがあって、そわそわと落ち着かなく周辺を見渡した。

 手元に持参した単行本「おんなの街」をめくりながら、実際の景色を比較する。おおよそ石井が撮影をした場所も特定できたのだけれど、そのカメラ視点は劇中この奇妙な崖にさまよい至った名美というおんなのそれと重なっていた。そのおんなは穴の開いた正面の崖とは別のそれの縁(ふち)に座っているという設定であった。

 もう一方にそびえる別の崖が、だから近くに在るはずなのにどうした事か見当たらない。石井が劇画作品と取り組む際には、最初に綿密な取材撮影が実行される点は以前書いた通りだ。(*1)勝手な思い込みと言われればそれまでだが、てっきり作品中の対峙する双子の崖が実在すると信じていたから、虚を衝かれてしばし言葉を無くし、角の取れた石で覆われた中洲に独りたたずんだ。

(*1): http://grotta-birds.blogspot.jp/2011/03/blog-post_6894.html

2016年7月31日日曜日

“サバイバーズ・ギルト”


 かつて栄華を誇った領主とその一族の霊廟を訪ねた。俗世間から隔絶した山の中腹に位置し、参道脇の夏草が緑あざやかに茂っている。杉木立の太い幹には蔦漆(つたうるし)が盛んに絡んで、ぐるぐると螺旋を描いて空を目指していた。自分の住まう地域とは違った景色で面白く、ずいぶんと温かい街なのだと再認識する。

 草木が活性している分、ようやく辿り着いた廟の方はちょっと気圧される具合であって、想像よりちんまりして見えた。何とはなしに淋しいのは本殿の扉が固く閉ざされたままだからで、遮蔽された視線が行き場を失って宙をさまようせいだ。無表情の書庫という連想がしきりにした。衆生の身で何を言っても始まらないが、どうやら此処は魂の交信を夢見るところではない。

 唯一視線が滞空したのは、黒塗りの本殿の脇にたたずむ雨ざらしの石塔であって、数は十基以上に及ぶ。据えられた説明板を読むまでもなく、すぐに洵死者の墓と分かった。彼らの視線は主君の眠る本殿へときつく縛られたままで、私たちなどまったく眼中になさそうだけれど、その生前最後の日々を透視すれば途端に石の表面に粘り気の有るものが付着して感じられ、血の臭いと寒気を覚えた。

 さすがに現代では殉ずるに値する主君など見当らぬが、肉親なり異性を愛し過ぎて頭が変になる事は誰にだってある。その苦悶の涯てに待ちうける終局は如何なるものか。昔もいまも幽明の境越しに綱引き合戦が繰り返され、身罷った者をはげしく追慕するあまり、自らの手で命を絶ってしまう者がいるのだし、その逆に死者が生者のかたわらに舞い戻り、蜘蛛が羽虫をからめ捕る具合にして冥界へと連れ去ったりもする。後者については主に映画や演劇で目にするしかないけれど、正しい正しくないといった尺度は通用せぬ妖しい命の往還が私たちの周りには散りばめられる。

 彼ら昔日の渡河者の末路そのままの道を私たちがこれから歩まないと、いったい誰がどうして断言出来よう。当たるかどうかは分からぬが他人の為した行いは、どれもが予言みたいなものだ。いのち尽きるその瞬間まで固唾を飲んで辺りを見渡し、ひたすら即興劇の出番を待つより仕方ないのだ。

 石井隆の作品はこの点どうだったかを振り返ると、多くが生の充溢を手探るうちに迂闊にも死の棘に触れてしまい、抜き差しならなくなる顛末であって、まさに綱引き合戦のフィールドに踏み入った観を呈するのだが、劇中人物の川越えの様子をつぶさに見ていけば、無謀すぎる行ない、つまりは“自殺的行為”こそ見られるものの、思いのほか直接的な自死という終幕を持たないのだし、霊に憑りつかれて頓死を遂げる明確な表現も見られない。殉死、後追い、破滅的心中といった自らの手によるところの幕引きはあまり見当たらない。

 長年に渡って石井世界を見つめて来た人は多分ここらで首をひねるはずだ。劇画にはタナトス四部作があるのだし、【雨のエトランゼ】(1979)の名美もいる。そこから派生した幾たりもの投身者はどうするつもりだ、おいおい、ふざけるなよ、海の底に消えていった『ヌードの夜』(1993)の余貴美子だって居るじゃないの、だいたい『GONIN2』(1996)冒頭の多岐川裕美の明らかな形をおまえはどう見るのよ。

 言われてみればなるほど相違ないが、前にも書いた気がするけれど石井隆の劇の基調というのは自壊する刹那に強く閃光を発する生命力であるとか、墜ちようのない処まで墜ちた末にいよいよ発生する浮力といった、本来あえかなるものを渾身の筆づかいで描こうとするのであって、ひたすら墜ちた先に広がる暗黒の奈落を目的地と定めてはいない。

 たとえば『GONIN』(1995)の閉幕にて愛する者を喪い、寄る辺なき身となって高速道を遡上するビートたけしと本木雅弘が、虚ろなまなざしを互いに注ぎつつ銃弾を放ち、相撃ちとなって椅子に沈んでいっても、あのとき、彼らの待ち望む終着点は死そのものであったとはなかなか断じ得ない。最終的に両者の生体活動は全停止するのだけれど、希望叶ってそうなったかと言えばそれはどうも手ざわりが違う。

 また、『甘い鞭』(2013)で袋小路に陥った壇蜜に対し、遂に面前に佇んでみせた若い時分の己の姿、つまりは黄泉の使者ドッペルゲンガーたる間宮夕貴へと向かってぬめ光る凶刃を握り締めながらようやっと歩み寄る場面がある。こりゃ間違いなく刺すな、自死をもって魂の幽閉を解くより道は残されていないのだな、と観客が半ば諦めて凝視する中でまさかの奇蹟が噴出し、寸でのところで終局を回避するあたり、間違いなく石井の死生観には自死行為を良しとしない一種独特の闘いのポーズが根付いている。無尽蔵の死を描きながらも誰もが死を目指していない、という特殊なスタイルであって、石井隆を語る上でこの点は大切なところだ。

 なんでくだくだしくこんな話をしているかと言えば、私の奥で近作『GONINサーガ』(2015)が今もって木霊を響かせるからだ。柄本祐が演じる森澤という名の警官が気になっている。物語が進むにつれて男の過去が明らかとなっていくのだが、十九年前の雨の大殺戮の現場で夫を喪ったおんな、つまりは森澤の母親は、追慕する余り事件から一年後に練炭による親子心中を企てる。おんなは亡くなるが、物語の回転軸となる息子の方は生き残ったという設定である。殉死の否定という刻印が思い切り押されている。
      
 前作『GONIN』と姉妹篇の『GONIN2』(1996)のスタイルを踏襲した群像劇として『GONINサーガ』は綿密に綾織られたのだったけれど、前作の劇中人物の係累(子供たち)を主役に据えたことにより、母と子のペアが次々に増殖して収拾が付かなくなった。物語をすっきりと見せるための剪定を石井は強いられてしまい、練炭自殺という手っ取り早い手段を使って頭数を削ったのだ、という解釈も当然成り立たなくはない。しかし、これまで石井の劇を観続けた者としては別の波長が放たれて見える。

 石井世界において心中はゼロではないが、燎原の火ほどの勢いはない。むしろ稀有な出来事に数えられる。それだから直ぐに結線を果たす次第なのだが、石井は森澤というキャラクターに【天使のはらわた】(1978)の川島の遺伝子を注入していないか。川島の母親は深く思い悩んで、娘の恵子を道づれにして鉄道自殺を図るのだった。異常を察した恵子はぎりぎりのところで線路脇に逃げ、母親だけが轢死してしまうのだが、生き延びたその事が負い目となって兄と妹のその後を苦しめる。

 【天使のはらわた】の川島哲郎という男は同じく哲郎という名を持った村木の前身であるから、実質的に森澤には村木的な面立ちや思考が宿されたと了解すべきだ。役者の細い顎やすべっとした肌、繊細そうな髪の質感や流れ具合と私たちの内側に定着した村木像とがなかなか重ならず、ついつい見逃してしまう点なのだが、彼を村木と捉え直して『GONINサーガ』を見返せば、さまざまな場面が息を盛り返し、馥郁とした香りを発し始める。

 素性を隠して暴力組織に潜入する『夜がまた来る』(1994)の村木像が再現されるのだし、日陰で声をひそめて暮らす女性を訪ね、真摯に耳を傾けていくフリーのライターとしての『天使のはらわた 名美』(1979)等の村木のいでたちな訳であって、風体と役割の多重性から言っても、石井が森澤に託す想いというのは相当の比重であった。村木役者の代表格である根津甚八が不自由な身体を押して再戦し、満身創痍のその身を横たえる病室ベッドのかたわらに村木の系譜の森澤が寄り添い続けたことは、構図的にも物語的にもさらに密度を上げるところがあって、つくづく凄味ある次元をかたち作っていた。

 根津甚八の現実と役どころが共振し、それをもう一人の村木がサバイバーズ・ギルトに軋んで悲鳴をあげる背中を丸めて見下ろしている。この病室の描写を物語の単なる中継地点と見るのではなく、石井世界を横断投射する幾筋もの光が結像した一瞬と捉えることは可能と思うし、むしろ自然であるだろう。

 『GONINサーガ』は登場人物がことごとく死に絶える大団円を迎えるが、そこには病的な鬱血は認められず、どこか清清しい血潮が巡っていた。愛する存在に先立たれようとも、苦境に息が上がるとも、目指すゴールを死とは定めずに生きられるだけ懸命に生きていく。墓標の下に眠ろうといまだ欲せず、地面を蹴って歩みを開始するのが石井隆であり、その子供たちであって、詰まるところ石井の創作を貫くものは「不死性」とも言えるだろう。







2016年6月19日日曜日

雪原(4)


 はたして川端康成の「雪国」は石井世界と直結するのかどうか、此処から先はどうしたって足が鈍る。先ずもって石井が何時どのようにして「雪国」と接触したか、小説なのかそれ以外か皆目分からない。出逢っているのは違いないのだけど、さまざまなバリエーションを映画やテレビジョン、舞台の上に展開させてきた作品であるから、読み手の印象はどの媒体に拠ったかで相当違ってくるだろう。「雪国」の総体をつぶさに見比べ、さらに石井の各作品と照合するのは困難は話で、これ以上の深掘りは諦めざるを得ない。(*1)

 そもそも男とおんながいる限りにおいて、「雪国」的な情景は日々この世界に星のごとく生まれては消えていくのであって、小説に限って言っても手繰っていけば似た場面がすぐに見つかるだろう。特別視しては滑稽だし、他人が磨き上げた水晶玉の内側に石井の劇が小さく収斂されることなど、考えてみれば最初から有り得ない話で、仮に「雪国」の影響があったとしても、それは肩に降り立った雪片程度の重みでしかない。いい加減、この辺りで話を打ち切らないと笑われそうだ。

 
 備忘録を兼ねて、最後に二点のみ書きとめたい。ひとつは繭蔵の二階から落下した葉子という娘の解釈。ある人は「葉子の終焉が果たして死なのか、あるいは狂気なのか、小説「雪国」は明らかにしていない。失神した彼女を抱いた駒子は「この子、気がちがふわ」と叫ぶから、たぶん狂女として生きのびるのであろう」(*2)と書いていて、確かに川端の本意はそこであろう。最初に映画化された折りに八千草薫が演じた葉子は、顔面に大火傷を負った姿で幕引きにも現われていたけれど、あれなどは随分と歪曲された演出と感じられる。「島村はやはりなぜか死は感じなったが、葉子の内生命が変形する、その移り目のようなものを感じた」と原文にもあるから、葉子はその身を狂気にゆだね、一線を越えて業火に身を投げたと捉えるのが正解となる。

 それにしても小説の冒頭で「悲しいほど美しい声」を発し、「澄んだ冷たさ」を同居させていた娘が、巻末ではその「内生命を変形させて」狂ったまま生きのびていく状況というのは、まったくもって酷い話であって、小説家というのは怖ろしい思考回路をしていると唖然とするより他ない。2004年以降の石井隆の映画には、狂気へと緊急避難するしかなかったおんなが続出するのだが、その原石のひとつとして、「雪国」の葉子が石井のこころの奥のどこかに佇んでいる可能性が(雪片程度の確率で)あるだろう。

 また、「雪国」の劇中で男とおんなの間にちょっとした言葉の行き違いがあり、おんなが激昂する場面がある。読みながら、人が人と触れあい、心根を語っていくことのどれだけ繊細で困難な作業かを考えさせられる事しきりだった。男の気持ちに悪意は潜んでいなかったが、安易に用いた言葉がおんなの精神をひどく迷倒させる。(*3) 

 偶然にもそのやりとりは、以前に調べた『天使のはらわた 赤い教室』(1979 曾根中生)での台本改訂箇所とそっくりであって、あの映画での名美は「雪国」の駒子と違って怒りに我を忘れることはなかったのだけど、それは演出家がそこまで気が回らなかった為であって、石井自身が自ら指揮していたら、やはりあんな不用意な発言は村木に許さなかったと思われる。「君はいい子だね」と「君はいい女だね」に天と地の開きが「雪国」に生まれたように、石井が「女(ひと)」と書くときはあくまでも「女(ひと)」であり、「女(おんな)」とは別次元なのだが、あの映画の監督はそんな事は蹴散らして進むひとだった。そこまで細かなところに心を砕く点から言っても、石井隆は川端の血筋に当たる。私の人生に川端は寄り添わなかったが、後継者と信じ得る存在とこうして併走し、精緻な伽藍が建立なっていく過程を日々見上上げることが叶うのは、つくづく幸せで嬉しいことだ。

(*1):主な作品 ウィキペディアより
映画『雪国』(東宝)監督 豊田四郎  出演 池部良、岸惠子、八千草薫 1957 
テレビドラマ『雪国』(NET)若原雅夫、小山明子、矢代京子 1961
テレビドラマ『雪国』(TBS)池内淳子、山内明、岸久美子 1962
映画『雪国』(松竹)監督 大庭秀雄 出演 岩下志麻、木村功、加賀まりこ  1965
テレビドラマ『雪国』(NHK)中村玉緒、田村高廣、亀井光代 1970
舞台劇『雪国』 芸術座 若尾文子、内藤洋子 1970 
テレビドラマ『雪国』(KTV)大谷直子、山口崇、三浦真弓 1973 
(*2):「川端康成研究叢書5 虚実の皮膜 雪国・高原・牧歌」 川端文学研究会 教育出版センター 1979所載 『雪国』の作品構造 上田真 91頁

(*3): 島村がしばらくしてぽつりと言った。
「君はいい子だね。」
「どうして?どこがいいの。」
「いい子だよ。」
「そう?いやな人ね。なにを言ってるの。しっかりしてちょうだい」と、駒子はそっぽを向いて島村を揺すぶりながら、切れ切れに叩くように言うと、じっと黙っていた。(中略)

駒子は自分を振り返るように、長いこと静かにしていた。その一人の女の生きる感じが温かく島村に伝わって来た。
「君はいい女だね。」
「どういいの。」
「いい女だよ。」
「おかしなひと。」と、肩がくすぐったそうに顔を隠したが、なんと思ったか、突然むくっと片肘立てて首を上げると、
「それどういう意味?ねえ、なんのこと?」
島村は驚いて駒子を見た。
「言ってちょうだい。それで通ってらしたの?あんた私を笑ってたのね。やっぱり笑ってらしたのね。」
真赤になって島村を睨みつけながら詰問するうちに、駒子の肩は激しい怒りに顫えて来て、すうっと青さめると、涙をぼろぼろ落した。
「雪国」 川端康成 1937 手元にあるのは新潮文庫141刷 引用は145-147頁

2016年3月10日木曜日

“哀悼傷身・樹上葬・台上葬”


 石井隆の劇にはどことなく硬質な佇まい、眼窩周りにきゅっと力がこもる生真面目さが宿る。人によってはこれを“倫理的”と称してみせ、なんて的を射てきれいな指摘と舌を巻いた。語彙の足らない私はぐずぐずと吃るばかりで決着に至らず、言霊(ことだま)の山野を今日もまた歩き回っている。石井世界のコアとは何か、石井隆とは何を成す者か。焦りやもどかしさに囚われるせいか脳内回線は開きっ放しで、日常のありとあらゆる事象でもって結線を試みてしまう。

 仕事や飲食、勉強に読書、公私問わずささやかな所作や媒体を通じて、幽かな火花が発せられる時があるから嬉しい。古い墓所を目にすれば自ずと劇中の地下空間へと想いが馳せていくし、これまで気付かなかったディテールに焦点が移っていく。大概は思い過ごしだけど、石井世界はそれさえ受け止めて揺るがず、むしろ奥行きを増して見える。遺跡の歴史や構造を専門書に手探れば、そこにも火焔があがり道を照らすのであって、たとえば、先日の読書中に突き当たった“哀悼傷身(あいとうしょうしん)”という字面を前にして不意に泡立つものがあった。

 時おり石井の劇には自傷行為が描かれる。読み手側にとっては胸えぐられる場面で、粛然とした舞台空間に導かれる訳だが、置かれた足場はどれもが同じ高さではない。そこに至る成り行きには何か得体の知れない部分が潜んで感じられ、しっくり来る表現が見当たらずに悶々と過ごしてしまう回も雑じってくる。そうか、あれは哀悼傷身であったか、そのように捉え直せば今になって随分と落ち着くところが実際あるのだ。

 辞書検索で調べると、次のように在る。「哀悼の意あるいは服喪を表現するために,自己の身体の一部を傷つける習俗をさす。その方法としては歯を抜く(ポリネシア,中国のケラオ族),指を切り落とす(ニューギニア,メラネシア,ポリネシア)などの例もあるが,世界的に広く分布しているのは,顔や身体に傷をつけることや,髪を切ることであって,ユーラシア,アメリカ,アフリカ,オセアニアに広がっていた。断髪は一般的に言って傷身の緩和された形式と言えよう。哀悼傷身はユーラシアとポリネシアでは王侯や夫の死に際し,臣下や妻が行い,殉死の代用的な性格が強いが,南アメリカでは階級分化のみられない未開農耕民や狩猟民が行っていて,浄めの機能をもつといわれる。」(*1)

 私が新たに手にした大林太良(たりょう)著「葬制の起源」(*2)によれば、哀悼傷身は徐々に儀礼化、様式化、また肥大化し、意に沿わぬ者を強制的に傷つけたり膨大な洵死者を作る悪循環も出て、やがて権力者側が禁じたり自然と廃れていったらしい。この日本国ですら断髪(つまり出家)ではなく、壮絶な自傷のしきたりが世に蔓延した時期があった事が記録からも読み取れる。いずれにしても過去の習わしのひとつだ。

 【デット・ニュー・レイコ】(1990)のような一部を除けば、石井の劇はおしなべて現代の街が舞台である訳だから、古色蒼然とした語句をここで引き合いに出して解読を図るのは奇異に映るだろうけれど、たとえば劇画【天使のはらわた】(1978)の第三部において、幼なじみを手にかけた主人公の川島哲郎が、友の形見の櫛(くし)でもっておのれの手首をグズズーッ、ズッと傷つけていくくだりであるとか、『花と蛇2 パリ/静子』(2005)の幕引きで、夫を喪った杉本彩が延々と自らの背中を鞭打つ場面であるとか、それ等自傷の現場に巣食う物悲しさ、重い旋律というものは、まさに“哀悼傷身”という表現のみが適当であって他の形容では隙間が埋まらない。
 
 彼ら自傷する者たちが烈しい自責の念に苛まれているのは違いないのだけれど、捨て鉢になっての自罰、自死願望、ありがちな破滅型の造形といった黒い轍(わだち)に足を取られた訳ではなく、温かい血が脈打ち、一種超然たる境地に置かれている点を読み手は注視して良いだろう。変な例えだけれど、背を正しての自傷行為がそこでは繰り広げられている。彼らは生き残ったこと、生き延びることを否定してはおらないのであって、破壊と前進の両面性が絶えず付帯する点は見逃せない。
 
 『夜がまた来る』(1994)での村木(根津甚八)の指詰め、『甘い鞭』(2013)での主人公のSM世界への拘泥には各々それらしき理由づけはあるのだが、これを哀悼傷身の一環と捉え直せばもはや奇抜でも頓狂でもない。古代の儀式は世に消失して久しいが、その根底にあった本能の蠢き、原初的な人間の雄叫びや悲憤と同類のものが劇中に挿し入れられて有る。石井の作劇らしい、表の理屈と裏に潜む真情の重奏。弾みのついた跳躍が認められる。

 同じく大林の書中には、我が国ではあまり見られない葬送の奇習が紹介されているのだけど、地上から離れた場所に死者を横臥もしくは縛りつけ、遺骸の散逸を防ぎながら内臓や体液の腐敗、乾燥を完遂させて、肉体と魂が最終的に再生されることを祈念する“樹上葬”や“台上葬”についても語られている。これなども石井の劇に顕著に現われる“高層階の地獄”といくらか重なって感じられ、私には大きな刺激があった。

(*1): コトバンク 世界大百科事典 第2版
(*2):「葬制の起源」 大林太良 中公文庫 中央公論社 1997


2016年2月9日火曜日

黄泉路(3)~『GONIN サーガ』の床下~


 石井隆の劇には、決まって“黄泉路捜し”がある。たとえば、『赤い縄 果てるまで』(1987 監督すずきじゅんいち)の終幕を飾った雨煙る樹林には、おんなの肌から立ち昇る生の充実と共に、甘く粘っこい死出の手向けがむせ返るほど薫ったし、『ヌードの夜 愛は惜しみなく奪う』(2010)で主要登場人物の一行が揃ってたどり着いた巨大な石切り場は、石井渾身の造形にして典型的な冥界だった。

 そこに金銀財宝は眠っていない。どころか、鮮血の生臭さや肉片がもたらす腐臭が風に乗って襲い来る始末だ。しかし石井はその先にこそ、純度ある魂が横臥する静謐な場処が準備されると囁く。己の運命やこれまで向き合った親しい人を思い返す転回点と位置付けられる、そんな死場処が連なって在る。私たち受け手は“墓盗人”となる覚悟でこれに踏み込み、彼ら死人と共に黒い結露を吸わねばならない。

 『GONIN サーガ』(2015)に触れて石井は、「墓」という表現を使って劇中の舞台を語っていて、その事が指差すのは当作品の真髄の在り処だ。「『GONIN サーガ』ではさらに床下が出てきて、“地下墓所”の底で物語が展開する。言ってみれば、あの世にもこの世にも属さない場所ですが。なぜか冥府に惹かれるんです。」(*1)  クラブ「バーズ」のダンスフロアの真下こそが黄泉路であった。

 秘かに息づき、立つこともままならぬ窮屈な床裏。観客を大いに戸惑わせた、いつ果てるとも知れない潜伏シーンであった訳だけれど、私たちは石井がそこに横穴墓(よこあなぼ)の役割を投射していた点を改めて意識し直し、再度目を凝らして良いように思われるし、その作業を経ずして『GONIN サーガ』の鑑賞は完了しないだろう。

 石井の近作を振り返れば『花と蛇』(2004)には“天使”を模した呼び鈴があり、“ゴルゴダ”が再現され、『ヌードの夜 愛は惜しみなく奪う』(2010)では“ドゥオーモ Duomo”という響きが全篇を彩り、『フィギュアなあなた』(2013)には重力のくびきを解かれた死者が“ウェルギリウス”並に舞い踊った。『甘い鞭』(2013)で横棒に縛られ鞭打たれる少女の姿は、見るもの全員に“磔刑”を想起させるべく企てられたのは明らかだ。拝跪にも近しい切実さを湛えて、このところの石井は血まなこになって聖画をフィルムに編み込んでいる節がある。これ等に続くかたちで発表された『GONIN サーガ』に、宗教的な題材が一切刷りこまれていないと考える方がよほど変な話だ。

 「墓」での横臥が三日間に渡って行なわれ、その後、フタをこじ開けて地上に這い登る子供たちの姿には“復活”が重なって見えはしないか。柄本祐演じる重傷を負った警官に蛆たかる描写(映画では直接写さずに音と気配で示している)を執拗にくり返す石井の筆先には、黄泉国(よもつくに)で “宇士多加礼許呂呂岐弖(うじたかれころろきて)”と描写されるイザナミ(伊邪那美)の当惑と哀しみが宿ってはいなかったか。(*2)  

 前者は死者の帰還であり、後者は生者との永別が描かれる。劇のクライマックスで私たちは死と生が烈しく牙剥き、共食いし、雨の中でのたうちまわる様子を目の当たりにして、訳もなく涙を流していたのだけど、考えてみれば強靭な神話を、もしかしたら二つも裏縫いした物語が『GONIN サーガ』であった可能性もあるわけで、そうであれば胸つぶされ喘ぐのは自明であってまったく不思議はない。

 例によって勝手な妄想と笑われるかもしれないが、イザナミの方はともなく、「四日後」と定められた結婚披露宴に向けて走り出す後半の“不自然さ”はどうだ。警官が虫の吐息で「二日と5時間……」と答える辺りの耳朶に残る日数の強調は、物語上ではなく、物語に潜在するものとして強固な必然が宿っていたように思われる。

(*1):「『GONIN サーガ』劇場用プログラム」 KADOKAWA  2015 「監督 石井隆」 取材・文 轟夕起夫
(*2):「GONIN サーガ」(石井隆 角川文庫 2015)の中には、傷にたかる蝿の幼虫の凄惨な場面が幾度も描かれている。まず、「蝿がブンブン唸っている」のに対して「申し訳ないです。腐り具合はどうですか?」(328頁)と答え、やがて「腹と脚はもう腐り掛けていて、(中略)床が液体で濡れ光り、異臭を発し、ブンブンと銀蝿が飛び回っている」(336-337頁)状態になり、死期を悟った警官は「蛆が這う大腿部を見下ろしながら」(347頁)もはやそれを追い払おうとする気持ちもなく、淡々と喋り続ける。「蒼白な顔でジッと脚を這う蛆を見ているだけ」(349頁)となり、遂に蛆は「腐りかけている慶一の死肉を食らいに集っている蝿」へと羽化して殺し屋へと飛び立ち、暴力組織「全滅」への仕上げにかかる。