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2020年3月1日日曜日

“この世では”と“まれびと”~生死に触れる言葉(9)~



 『花と蛇』(2004)には「この世ではお目に掛かれない」という台詞が登場する。異なる登場人物から別々に発せられており、そこには作り手石井隆の固執した想いが透けて見える。

森田「この世では滅多にお目に掛かれない物に囲まれて過ごしておられる、
   先生自体が稀人(まれびと)なんですよ。」(*1)

ピエロ「ショーを観にいらしてるんだよ、政財会や芸能界とかのセレブの
    皆さまが日々の疲れを癒しにね。だからこの世では一生掛かっても
    お目に掛かれない面白いショーをプレゼンしたいの。」(*2)

 「この世ではお目に掛かれない」という形容は多くが誉め言葉として用いられ、程度があまりに甚だしくて現実のものと思われない物を指す場面が一般的だ。肯定的に捉えれば、甘くかぐわしい快楽の渦につつまれて五感をふわふわと果てなく慰められる、あたかも桃源郷の魅惑的な場面が浮んでくるが、よくよく字面を眺めれば「現世では見ることが許されない、生命あるうちは拝めない」という事だから、剣呑な性格がその背後にくっ付いている。悪く考えればたちまち照明はバチンと音立てて暗くなり、辺りは血なまぐさい悪臭に一気に覆われる。

 既にこの映画を観終えている私たちは銀幕を彩る残虐な性愛地獄を記憶に刻んでいるから、「この世ではお目に掛かれない」という表現の背後に忌まわしい腐臭を当然ながら嗅いでしまう。すなわち、甘美で生きている実感をもたらすもの、上昇指向の明るい絵柄ではなく、おぞましい景色を即座に思い起こす。さらには超自然的な影響の作用する薄気味悪いもの、怪異なもの、それとも状況が極めて悲惨なさまをあれこれ連想し、死屍累々の、生き地獄のような奈落の底と思考の奥で結び付いていく。

 石井が起用されたのは主演女優からの直々の指名と言われているが、その期待に応えようとして石井は演出に臨んで照明にこだわり、衣小に心血を注ぎ、カメラアングルを工夫して女優を「この世ではお目に掛かれない」艶やかな姿態と表情へと導き、映像へと見事に定着させてはいるのだが、内実は死人の群がる地獄絵図となっている。

 手元にある別の作品『月下の蘭』(1991)の台本を手繰ってみれば、「この世ではお目に掛かれない」によく似たト書きが見つかった。「妖艶で悪魔的ですらある蘭の姿は、この世の物とは思えない美しさだ。」(*3)この世の物とは思えないという表現はもちろん世にありきたりであるし、石井の手癖とこれを捉えて読み流すことも可能であるが、改めて考えてみれば『月下の蘭』という物語の骨格は『花と蛇』とまるで同じである。蘭という名の売り出し中のアイドルが暴力組織に貸し出され、そこで政界の黒幕たる男の玩具にされるのだった。

 物語の展開を近しい『月下の蘭』が『花と蛇』の血筋にあたるとすれば、ここでの「この世の物とは思えない」という表現は一過性のものではなく、同じ目的で登用されたと捉えた方が自然ではあるまいか。
 
 救出のため向かった男の前に、捨て置かれた粗末なベッドに横たわる娘の姿があったのだが、絶え間ない陵辱により魂の臨界を越えたものか、それとも薬でも投与されたのか、茫洋とした動作と口調でぼそぼそ返答しながら横臥するその様子は既に異界のおんなの雰囲気であり、男は顔色をうしない凍りついてしまう。間に合わなかった、遅かったのである。その光景を称して石井は「この世の物とは思えない」と書いている。

 つまり、石井隆にとって「この世ではお目に掛かれない」「この世の物とは思えない」とは、かくも徹底して忌まわしさと哀しさがこびりついた形容であって、
「この世」と「あの世」を今すぐにもまたぎ得る容易ならざる局面、死線すれすれの危機的な状況に置かれたときに噴き上がる形容なのである。心底から美しいものとは、実は死とべったりと近接しており、いわゆる健全さや平穏な日常とは隔たったものではないか、と石井は捉えている。

 さて、『花と蛇』と『死霊の罠』(1988)が相似する構造を持ち、その類似箇所をまるで床面に点々とする血痕を辿るように読み解くことで両作と石井隆の劇の一面を探ろうとしている訳だが、上述の台詞にあったように「この世ではお目に掛かれない」物を蒐集する田代老人(石橋蓮司)は「まれびと」であるらしい。こちらが「まれびと」と称されるならば、もう一方『死霊の罠』の死線すれすれの廃墟に居つく奇怪な兄弟ヒデキもまた「まれびと」の位置付けとなるだろう。

「まれびと」とは一体何か。『花と蛇』に突如出現したこの形容は何を言いたいのだろう。興味を覚え、何度か此処でも触れてもいるのだが、正直今もってよく分からない。博物館に足を伸ばし、書籍をひもといたりもした。自然とこの響きに磁力を覚える日々を送っている。

 我が国には「まれびと(来訪神)」を村人が演じる祭祀が各地にあり、これを精力的に取材した石川直樹(いしかわなおき)の写真集が昨秋発売されて書店の棚を華々しく飾っている。書名はそのまま「まれびと」であり、発売後、直ぐに手に持って目を通している。石川の写真は一見に値するが、巻末に収められた伊藤俊治(いとうとしはる)の解説もまた面白かった。伊藤は牙剥く仮面や威圧的な棒を振り回す異相に対して恐怖し、交信の不可能性を嗅ぎ取った上で人間にあらざる神を強く想っている。

「このような異形の神々は、神が人と同形ではないことを明確に表明している。人を恐れさせ、狂気に満ち、決して人間化されることのない猛貌の神々として出現するのだ。その臨在を人間が最初に認識し始めた頃の神の原初的形態は、人々に安らぎや幸せをもたらすような形姿を持っていない。逆に人間に戦慄を与え、畏怖の念を起こさせ、この世に暴力的に介入し、侵犯し、荒ぶる霊性を振りまく存在として姿を現わす。」(*4)

 これはまさにヒデキのことを述べているようではないか。蛭子(ヒルコ)神とも嬰子(えいし)とも見える猛貌の霊性。あれは確かに「まれびと」的な造形だった。このように連想することは間違いだろうか。

 石川の写真は禍々しい祭神、決して人間化されることのない神々と同時に、きわめて人間臭いところも併行して捕らえていて、村人が代わる代わる演じ続けてきた長い歳月と祈りの日々の精神的土壌も滲み出てくる。多重露光なった素の部分、衣装を纏った村人の素朴な姿からわたしの脳裏で連結されるのは、今度は『花と蛇』の方のまれびと、田代老人の身体的な弱弱しさ、神ならざる等身大の人間のなれの果てである。

 超自然的な影響の作用する怪異な存在、『死霊の罠』のヒデキを私たちは化け物、特殊撮影の作り物と捉えては、くわばらくわばらと生理的に向こうへと押しやり、真っ当な思考回路を持つ存在として見たり考えたりはしなかったが、『花と蛇』と『死霊の罠』両作の血管をつなげて(作家性の強い石井作品群にだけは許されるし、むしろそうすべきと考える、)託された囁きを推理しながら再度味わい直すことで、まるで違った感懐に至ることが可能となる。

 両作を往還して徐々に誘われいく次の思索は、石井隆の作品に時おり出現するまれびとの発生に何がかかわり、そんな彼らは異界の者であるのか、それとも私たちの側にいるのか。彼らは主人公を脅す役割だけのいわば脇役なのか、それとも石井のまなざしが熱く長く降り注いでいく人間なのか、という問い掛けである。こちらに関しては後述する。

(*1):『花と蛇』準備稿 シーン番号19 遠山の社長室(時間経過の同夕)
(*2): 同       シーン番号58 円型コロシアム(時間経過)  
(*3):『月下の蘭』決定稿 シーン番号66 ホール状のペントハウス
(*4):「まれびと」 石川直樹 小学館 2019 242頁 伊藤俊治「異界を纏う/写真、仮面、憑依」



2020年2月23日日曜日

“縁辺へのまなざし”~生死に触れる言葉(8)~


 磔刑の絵柄をフィルムに移植すべく、共に腐心して見える『死霊の罠』(1988)と『花と蛇』(2004)の脚本。両作は本当に似ている。モニター越しに出逢ってしまい、どうにもこうにも恋着して止まない対象がいる。その生身(なまみ)をいよいよ渇望して悶絶するや、暴力でもってこれを勾引(かどわ)かそうと企む。幽閉されて怯えるおんなの面影を、磔刑に処された聖人と重ね合わせる奇怪な行為におよんでいく。

 この相似する展開と磔刑図の執拗な二度書きからは、石井なりの芯のある想いが託されて感じる。聖書を下敷きにして劇を編んでいる、と誰もが想像をめぐらすだろう。深く信仰に染まっており、それでこんな烈しい妄想を抱くのだ。石井作品を身近に感じずに来た人は、特に強く感じるに違いない。

 実際、石井世界の端々に宗教画は溶け込んでいる。劇画と映画を丹念に読んでいくと構図や描写が単に似るだけでなく、その物ずばりの絵画が画面に取り込まれさえする。しかし、石井は決して敬虔な信徒ではない。語弊がありそうだから慌てて言い直せば、インタビュウを多く読み、たゆたうような面持ちのあの内省的な小文をこれまで幾つも蒐集して目で追いながら蓄積なる答えは、石井隆という人は聖画をせせら笑い、ふざけた態度を貫く不義者(ふぎもの)では当然ないにしても、では「信仰心」と世間一般で称される前傾の想いが厚く、教会や寺社へ足繁く通っては法話に耳を傾けるタイプかどうかといえば決してそうでないように思える。

 針の触れ方は一方にだけ傾ぐことなく、私たち同様にゆらゆらと揺れているし、人間とは元来迷いや疑いを抱きながら、そして奇蹟を望みつつも絶望に甘んじていく動物であり、それを承知で周囲なり万物を見渡すべきと頑なに信じているのじゃないか。

 熱心な石井の追尾者のなかには、名美という存在を十字架の聖人と連結させ得た猛者もいて、かつてそれを聞かされた際には大いに舌を巻いたのだけど、では自分の内部で名美なら名美をキリストと隙間なく溶接して一体化し得るかといえば、本音を晒せばよく解からない。泥濘(でいねい)に立つ白鷺のごとき悪夢的コントラストで描かれた性愛の修羅場と、いにしえの聖人の刑死の様相を重ねることは受け手内部の自然な共鳴と了解はする。されど、復活にいつか通じる聖人の苦闘と石井が捉えるどん詰まりの人間模様のそれぞれの輪郭が綺麗に重なっていかない。

 現世という地獄の釜で、烈火にぐらぐらと煮込まれていく人間の運命を哀れとも愛らしくとも見やり、凄絶な美しさをそこに認めて内心たじろぎつつ、ただただ言葉なく立ちすくむばかりの救いのない各作品の終幕を面前にしてしまうと、素直にキリストと合致させることに抵抗を覚えてしまう。

 その同好の士とは一度とことん意見を交わしたいと願っていたのだが、機会を得られぬまま今に至っている。そもそも仮に面談出来たとして、一体どんな答えが導き出せようか。この手の話は堂々巡りとなるのが常である。何となく気恥ずかしい気分にもなる。もしも石井本人に面会し得て、あのような映像をどう考えて透視したものか尋ねたところで、例のごとく微笑むばかりできっと答えてくれないだろう。これはもう誰に委ねることなく、ただただ私見を突き詰めていくより仕方がない次元の話だ。

 石井ほど宗教に近しく、聖人から遠い者はいないように思うがどうだろう。石井の劇は奇蹟の顕現に満ち溢れているが、「神仏」自体による生々しい救済は終ぞ起こらない。肉体と精神が危機に瀕した登場人物の頭上を、お構いなしに悠然と飛び交う旅客機のように、「神仏」は平然と通り過ぎて一向に顧みることがない。明確な救世主の登場はなく、誰もが助からないまま崩れ折れていく。この辺は石井隆を語る上で極めて重要と思う。

 ならば何故に時をまたいで湧出した『死霊の罠』と『花と蛇』の聖人描写におまえは驚き、これを世間に紹介するのか。さも石井隆がキリストの受難を常日頃から意識し、ヒロインの苦役や悲惨を重ね合わせては秘かに「おんな」を崇拝する男と決めつける展開ではないか。生涯かけた男の創作行為をひとつの型に封じ込めるような引用と解釈は、過去とこれからの彼からの発信を封殺しかねない危うさはないか。

 言い訳ではなく、『死霊の罠』と『花と蛇』の台本ふたつの記述を通じて導き出されるものは石井隆を語る上での要諦だが、主軸は聖人「キリスト」ではないのだ。まなざしの「ずれ」が露出している点にこそ目を寄せるべきであり、それこそが私たち読み手にとっての最大の驚きである。

 『花と蛇』でメッシーナの磔刑図を模して描かれたものを前とした際に、中央の聖人へ注がれたまなざしがするすると右へ左へとずれを起こし、両脇のふたりの罪人の肢体にかぶりついていくその「移動視線」。また、さながら絵画集に載った瀕死のキリスト像に顔を寄せまくり、1cm程の至近距離で頭部に冠されたいばらが肌を刺し、深く無数に傷つけていく様子を「凝視」した挙句、これを模して女の顔写真に虫ピンが刺さないでおかれぬ登場人物を創出してしまう『死霊の罠』の狂おしさ。

 物象を視ることに真摯ゆえに石井の視線というのはひたすら「ずれていく」、はたまた「凝視していく」。これ等は明らかに「画家」のそれであろう。一般人が虚ろな顔で流し見してしまう箇所に足を止め、逆にぐいぐいと接近していく。大局や流行にはおかまいなしである。いわば「縁辺(えんぺん)へのまなざし」と呼ぶべきものが石井には具わっていて、作劇を支える根っ子のひとつになっている。これ無くして石井の世界は有り得ない。

 たとえば映画でいえば『死んでもいい』(1992)の冒頭、大月駅の線路隔てたホームを家路に急ぐ大竹しのぶの豆粒ほどの歩む姿であるとか、『ヌードの夜』(1993)で消波ブロックの上に登ってあてどなく行き来する余貴美子のケシの実並みに小さくて心細い風情であるとか、そういった「凝視を求める」構図に見事に活かされていく。また、同じく『ヌードの夜』で床面に毛布をかぶって寝ていて来訪者の視線から完全に外れた位置にいる竹中直人の登場場面に例示されるように、字面そのままの「見捨てられた、顧みられぬ存在」への強いまなざしへと結実していく。天下国家とは無縁の、むしろ一般社会からも半ば放逐されて境界すれすれに住まわざるを得ない人間へと石井のまなざしは注がれ続け、寄る辺なき者の隣にいつの間にか音もなく佇んでいる。


2020年2月14日金曜日

“まるで瀕死のキリストのよう”『死霊の罠』~生死に触れる言葉(7)~


 再度『花と蛇』(2004)に潜水する前に、石井演出ではなく池田敏春の手になる『死霊の罠』(1988)について触れたい。『花と蛇』の絵解きに『死霊の罠』をわざわざ引っ張り出す理由は、劇の構造にきわめて似通った箇所が認められるからだ。

 『死霊の罠』は軍事施設の廃墟に迷い込んだ複数の男女が得体の知れぬ心霊じみたものに翻弄されたあげく、一人また一人と襲撃され、やがて殲滅に至るという恐怖映画である。その劇中での酸鼻をきわめる冥府めぐりは、石井という絵師によって隅々まで企てられたものだ。世間には池田が脚本を書き直した旨の記載が一部見受けられるが、仮にあったにしても極めて瑣末なレベルでの変更であろう。台本上にはまさに石井の手で狂いのない主線(おもせん)が引かれており、うつくしく仕上がった下絵に向かって池田が彩色を施した流れである。

     数枚の古びた写真が立てかけてある。
     その一枚を見て、名美、驚く。
     母親とその手をしっかり握った少年が立っている。その少年は、
     あの男、大輔に似ているようでもあり………いや、確かに少年
     時代の大輔だ。
     そして、その母親は………その女の顔は……… 名美にそっくりだ。(*1)

 上に引いたのは『死霊の罠』の終盤を飾る描写だ。容赦ない残酷な殺戮がくり返され、廃墟空間に生き残った者は主人公のおんな(小野みゆき)ひとりとなっている。妙な風体の若い男(本間優二)に誘われるようにして足を踏み入れた小部屋で、おんなは自分に似た顔立ちの別のおんなの写真を発見してしまう、というショッキングな場面である。

 実際の映画を面前とした多くの観客は、この唐突な場面挿入に実は気持ちが追いつかない。いわくありげな親子写真の中のおんなは主人公を演じた女優が二役で撮影されたものであるのか、それとも顔だけ合成ではめこまれたのか一瞬間だけでは判然とせず、嚥下し得ない異物感がどうしても渦巻いてしまう。同一人物とはどう見ても思われず、別人として見切るより仕方ない。前後の流れから主人公は即座に自分と「そっくり」であると勘付き、連続殺人者が自身と母親像を勝手に重ねている事を察して慄(おのの)くのだけど、観客たちがこの危うい展開につき十分に了解するのはフィルムのコマがさらさらとしばらく流れた後である。

 とても「そっくり」とは言えない写真を登用したのは演出上のミスなのか、それとも、池田があえて混迷を手引きして観客の不安を煽っているのか。その辺りは解からないが、過失であれ故意であれ、石井の意図するものを素直に汲み取れてはおらないのは事実である。台本のト書きはさらに続いていく。

     しかもその女の顔には、、残酷にもたくさんの虫ピンが刺されていて、
     まるで瀕死のキリストのようだ。(*2)

 畳かけるように異様な描画が準備されている。経年でやや反った印画紙に定着なったモノクロームの面影は、金属製の無数のピンで突き貫かれていたのである。

 しかし、先の「そっくり」に続き、ここでの池田の演出も適確さを欠いたと言わねばならない。もしかしたら十分な理解に至らぬままに終わった観客も居たのではないか。大概の読み手は写真と虫ピンの組み合わせを猟奇犯罪者の戯れと捉えたまま、混沌する闇をラストシークエンスまで追い立てられていく。肖像写真に託された歪(いびつ)な愛憎の発露や、舞台を覆い尽くしている重く淀んだ動機について想いを馳せることが正直かなわない。

 石井は実にこの時「瀕死のキリスト」と形容していたのである。映画を観た者のうち、はたして幾たりが聖人の磔刑に思い至っただろう。丑の刻参りの五寸釘を連想するか、それとも選挙ポスターか何かにされた画鋲による悪意の悪戯を思い起こすのが関の山だ。映画と台本は別物と言われればそれまでだが、完成された『死霊の罠』だけを漫然と眺めていても石井世界の劇構造の類似と連続に思い至ることは難しいように思う。

 此の文章は石井隆をめぐる思索の旅路であるから、仕上がった映画『死霊の罠』からやや乖離する事にはなるけれど、冒険的に石井の台本にひたすらにじり寄り、そこに何が描かれているかを玩読したい。池田の手腕を悪く捉えている訳でなく、石井の劇で繰り広げられる幾多の性愛劇を貫く脊髄が露出し、そこに何が流れるかを垣間見せる重要な一行が在ると思われる。

 「まるで瀕死のキリストのよう」という石井の記述から想起される具体的な磔刑図は、さてどんな絵柄であるのか。丘陵に突き刺さった十字架と、これに四肢を打ち付けられた人体を描くのが磔刑図の基本構図である。左右にはふたりの罪人も同じかたちで並べ置かれることが多い。両手を左右に広げて固定された三人の男の身体を四角い額内に配置すると、自然と遠景になっていき、見る側と聖人の距離はみるみる広がっていく。

 無惨な傷口は精彩さを失って曖昧となり、コップのふちに居残る乾いた口紅の痕めいたとりとめの無さか、半日ぶりに外した紙製マスクの内側に点々と染みを作る鼻汁の成れの果てのごとき儚さとなって致死的な損傷の実感を失う。そもそも聖性を付された男の顔立ちには俗世に蠢く煩悩具足の凡夫への憐憫や情愛の滲出が眉根のあたりにじわりと顕されており、厳かな面体を見上げるわれらは生きた身を襲う激痛をそこで想起させることが難しい。宗教画家たちも奇蹟の顕現を匂わせる黒雲や、足元に集いさまざまに明滅する人物の心理描写に注力するばかりである。

 十字架上の聖人像はなるほど「瀕死」の状態にあるが、永遠の生命が既に約束されていて、「死」から急速に遠のいている。もはや「瀕死」の際から回復して「蘇生」と「栄光」へと突き進んでいるのであって、神の子の肢体は逞しく堂々と息づくのである。

 石井が私たちに見せたい描写は決してそれではない。「顔にたくさんの虫ピンが刺された」様子と「瀕死のキリスト」を結束させた石井が導くのは、遠目で窺う刑死の記録図ではなく、明らかに肉の痛みであり生理的不快の頂点である。「たくさんの虫ピン」というのはいばらで編まれた冠を指し、それが額やこめかみにきりきりと刺し入り、頬や喉、瞼をざっくりと裂いていく様子なのであり、たとえばマティアス・グリューネヴァルト Matthias Grünewald の描く祭壇画の、執拗に筆が重ねられた獄死の詳細描写にも似た傷ましさを想起させようと努めている。

 おんなという存在を聖母や阿弥陀如来に似た厳かにして平穏無事な佇まいに押し上げるのではなく、キリストや彼と共に磔なった左右の罪人と同然の肉体の痛苦へと突き放し、それが一時的ではなく延延と解放されぬまま続いていく。現実世界で日常化している性愛の地獄をこれに重ねて、人間としておんなが一方的に負わされがちな差別と重圧をひたすら想い続ける。

 このト書きはだから役者を焚きつける鞭でも餌ではなく、美術部への差配でもなく、『死霊の罠』という物語の核心部分であるのだし、ひいては執筆者石井隆の恋愛劇の一局面に関するかたくなな姿勢が如実に表されている。

 テレビモニターに映し出される女人と記憶の底に居続けるおんなを重ね合わせて激しく懸想(けそう)し、自らの精神構造を拡大させた洞窟めいた場処へといざない、痛みを執拗に与えながらもそれが直接的な肉の快楽と結び付かず、徹底した宗教画の再現となっていて単純な嗜虐性向の具体化ではない。これはどう見ても『花と蛇』と双生児の作品であろう。粘ついた視線で嗜虐性愛の坩堝を撮り切った『花と蛇』とはまるでジャンルを違えて見えるかもしれないが、同一の骨格を有していると言っても構うまい。

 台本上のト書きには石井の振るったノミ跡があざやかに残されており、二作品を取替引き替えして眺めることで炙り出される共通の刻線が見つかる。それが烈しく発光してひと筋の白い道を示していく。それぞれが独立していながら、一反の織物の左右に綺麗に裂け目無しに連なる姿が見えてくる。そこに石井のまなざしが確実に活きている。

 両者の間に十六年という長い歳月を挟むにもかかわらず、まぎれもなく彼の世界に捕りこまれているという厳然たる事実を前にして、強靭と形容してもぜんぜん誇張とは言えない畏るべき持続性、鬼気迫る連続性に言葉を失うのである。

(*1) (*2):『死霊の罠(仮題)─コンクリート・ハンティング─』(決定稿) 78ページ シーン番号61 医務室。





2019年12月31日火曜日

“十字架を引き抜く”『花と蛇』~生死に触れる言葉(6)~


 独自の美学をつらぬく「現役作家」たる石井隆を、今この段階で語るのは不遜であるし土台無理なことだ。読者には誤解する権利があると書いたのは確か権藤晋だったけれど、翻ってその言葉は読者という立場は大概が誤解する、勘違いする役回りなのだと諭している。

 称賛や解題は各人の体腔にうずくまるばかりで、いつまで経っても肝心な石井隆の今には到達し得ない。批評する側それぞれが石井の劇を反射する鏡となっていて、経年による曇り具合で丸きり違った像を結んでいき、いつだって我らの目にはその歪んだ背中しか映らない。その好例こそが此の場処だ。責任を負わないのを好いことに延々と綴りまくる駄文の堆積は、一個人の鏡面に張り付いたまさに虚像に過ぎない。石井隆に興味引かれて訪れ、読もうとする誰にとっても役に立たない。そのような警句と開き直りを刻んだ上で、石井の『花と蛇』(2004) についての強引な妄想をなお勝手気儘に続けよう。

     昂揚した老人は何を思ったか、震える脚で立ちながら
     老人とは思えない力で床から十字架を引き抜き、
     十字架を抱えてゴルゴダの丘を上るキリストのように
     十字架を背負って、
     床に寝かせる。(中略)
  老人「ああ……」
     と、両手両足を括ったロープを必死に解く。
     解放された静子がいとおしむ様に田代老人の股間に顔を埋め、
     体を愛撫する。(*1)

 当初石井が抱いた脚本内のヴィジュアルは上記のごとくであった。完成された映画での老人(石橋蓮司)は半身の自由が利かぬ身体を必死にくねらせて床を這い進むだけが精一杯であって、重い十字架を引き抜く行為など到底出来なかったのだが、石井が希図としていた『花と蛇』という物語が本来懐胎していたのは、明らかに「救出劇」であったことが此処に明瞭に示されている。表層では嗜虐趣味のパーティを装いながら、切実で哀感溢れる思念の漂着が窺える訳である。

 確かに物語は徹底した乱痴気騒ぎだし、その暴虐に耐え切れずに押し潰される一個の人間の魂を描いている。狂人の支離滅裂な幻影そのままの滅茶な展開なのだけど、少しだけ呼吸を整え、『花と蛇』を独立した物語としてひも解くのではなく、一人の作家の、より分かりやすく言い換えるならば「一人の画家の連作の一端」と捉え直すことで違ったものが見えてくるように思う。もの恐ろしい筆致を見定めることが可能となり、受け手を戦慄せしめる囁きがようやくにして聞こえてくる。

 承知の通り、石井隆という作家は私たち現代の孤立する魂に併走しつつ、極めて狭い同心円の劇を丁寧に編んでは解(ほぐ)し、再度編んでは解しながら一反の織物へと仕上げてきた。どちらが縦糸か横糸か分からぬが、一方を名美と名付け、他方を村木と名乗らせることもあったが、そんな固有名詞に縛られるまでもなく、一個の男と一個の女の作り出す、時に濃密な、時に透かしの多く入って儚い風情の布地を産み出し、その上に変幻する文様をさまざまに編んできた。

 文様の柄は常に細かく精密であり、稀に図柄は反復され、はたまた色彩を反転させたりもしながら私たちの目を愉しませたのである。国家や政治、学閥、組織といった巨視的な物語を(やろうと思えばやれたろうに)上手に避けていき、家族の描写(厳密に言えば少々はみ出して手を染める場面もしばしばあったが、)さえ原則控えて、常に目線を「個」と「個」の対局へと絞りこんだ。その本質は、やはり「救出劇」であり、この世に救いはあるのか、人は誰でも救われるのか、取りこぼされる魂はないのか、その後の死とは何であるか、ひるがえって人の生とは何であるか、その辺りに辿りつくように思われる。

 『花と蛇』で石井隆はひとつの境地に至っている。これまで主人公のおんななり男を苦しめるものは「他者」であり、「環境」であり、それ等がもたらした漆黒の過去であった。光明を手探るうちに支援する手が現れ、救出すべく模索が重ねられた。(成功する場合もあれば、失敗に終わることもあった。いや、ほとんどが失敗した。)ところが、『花と蛇』においては、おんな(杉本彩)を苦境のどん底に陥れる者と「十字架を引き抜き」再生と救出を図ろうとする者がなんと同一人物に設定されている。

 不幸の元凶となる者が恋着する相手を奈落へと突き落とし、そこからの救出を臆面もなく膳立てる。個を不幸の境地へと追い落とすのは最も近接したもう一つの個であり、個と個の接近の末路は精神の圧壊と内実のともなわぬことが見え見えの場あたり的な救出劇だと断じたのだった。

 振り返れば腑に落ちるところもある。同じ血筋であっても、ひとつ家に暮らす者同士であっても、互いが「個」である限りにおいて隣接する存在を不幸へとやがて叩き落とす未来を予感して怯えながら暮らしてはいないか。逆上にまかせて完膚なきまで袋叩きにし、その癖に突如手を伸ばしてその場をえへらえへらと取り繕う。それとも内実を遂に語らず、なにも尋ねず、受容と冷淡を履き違えたままで言葉少なに日常へと帰還する。

 どうしようもないマッチポンプを互い違いに演じながら、寄り添う個と個が衝突と修復の模索をし続ける。解放されるにはどちらかの生が尽きるか、壊滅的な終幕に至るのを待つしかなく、意気地がないから自死も突き詰めた衝突も何も出来ない我らは、遣る瀬無い年を越え、さらなる遣る瀬無き日々へと牛馬のごとくのろのろと歩んでいく。そんな実感を抱えるのはこの私だけだろうか。

 『人が人を愛することのどうしようもなさ』(2007)、『ヌードの夜/愛は惜しみなく奪う』(2010)と、そこに我々は名美や村木といった存在の残照を見出すのだが、石井は『花と蛇』において村木に代表される「救い手」という存在にまったく絶望し、その地位を剥奪してしまったように私は見る。あんなにも夢うつつの空間に仕上げていながら、『花と蛇』の本質は恋情や浪漫の徹底的な拒絶なのである。隔絶された夢幻空間を延延と映しながら、その実、石井は極めて冷徹で現実に即した人間関係の末路を描いている。

 『花と蛇』とはそこまで無惨な手厳しい諦観の劇なのであって、女優の姿態がどうとか嗜虐遊戯がどうといった表層の道化に笑っておられぬ、極めて重大な生死(しょうじ)に関わる分水嶺となっている。

 (*1):『花と蛇』準備稿 シーンナンバー84 円形コロシアム(数日後)

2014年5月22日木曜日

“縮約”~『天使のはらわた 赤い教室』を巡って[8]~


 映画『天使のはらわた 赤い教室』(1979)には、石井隆の脚本第二稿と異なる箇所がいくつかある。読解の糸口とするため挙げていくが、先ずもって村木(蟹江敬三)の恋人でやがて妻となる川名裕子(水島美奈子)の造形が突飛であり、これが足懸りとして適当と思う。

 先に紹介した「映画芸術」によれば、石井をひどく当惑させ、撮入を危うくした曽根の加筆とはこの裕子というおんなの台詞であった。往時の関係者は具体的にどの箇所が問題視されたか明言していないのだけど、なるほど目を凝らし耳をすませば、言動やそれに対峙する村木の物腰は石井の書くものとは全くもって異質である。

 裕子は村木の仕事場兼住居である雑誌社に押しかけ、仮眠用の寝台に自ら服を脱いでもぐり込んでは情交を迫るのだった。気持ちが乗らない村木は「今日は帰ってくれよ、ひとりでいたいんだよ」と叫んで、裕子をはね退ける。ブルーフィルムに刻まれた名美の表情に囚われ、また偶然にも彼女を街なかに発見して言葉を交わした村木である。「あっちもこっちも、そんなに器用な人間じゃないんだ」と思わず口を滑らせてしまうのだった。裕子に内奥を見透かされると慌てた村木は、仕事に行き詰って頭がいっぱいなのだと話題のすりかえに懸命となる。

 石井作品に深く潜水するに至らぬ人にとっては、特段おかしな点は感じられない“ごくありふれた男女の会話”かもしれないが、これと近似する場面なり台詞をわたしは石井の作品に見とめたことがない。立ち姿から言葉から、何から何まで馴染まない。明らかに曽根の世界が侵入して異なる拍子で明滅している。石井の劇は能やパントマイムにどこか通じる静謐さ、寡黙さが身上であって、単純に現実をトレースするものではない。このような底の浅い“ごくありふれた会話”の場を石井は通常用意しない。

 承知の通り『赤い教室』の村木は“映像に淫する者”であり、『天使のはらわた 赤い淫画』(1981 監督池田敏春)の青年や、『死霊の罠』(1988 同)の怪人、『フィギュアなあなた』(2006)の造型師、それに『花と蛇』(2004)の老人といった者たちの源流に立っている。写真やモニターに映されたおんなの一瞬の表情にこころを鷲摑みにされ、命を賭して接近を図るのが石井世界の“映像に淫する者”の定めであり、私たちはエウロペやペルセポネの誘拐にも通じる物狂おしい執心や集中、そして暴走の軌跡を目撃することになる。

 一心不乱に熱視(みつ)め続ける、その集光の凄まじさこそが石井の劇の肝であるから、裕子と名美というふたつの人格に挟まれ、焦点が絞りきれない曽根版『赤い教室』にて減速感が生まれるのは当然だろう。浮気がばれそうになって詭弁を弄する村木というのは、これは石井世界では類を見ない風変わりな造形と言わねばならないし、石井の劇の底流にある無骨さや生真面目さ、並外れた一途さといったものの踏襲や再現から逸脱してひどく矮小化されている。

 そうなった理由は簡単で、曽根が物語の順序を大幅に入れ替えたからだ。オリジナル脚本においてシーンナンバーは全部で77あるのだけれど、村木が名美の写ったブルーフィルムと邂逅するのは12と付された場面であって、映画にあるような端緒ではない。石井の発案では冒頭からしばらくは村木の身辺に寄り添い、その日常を通じてこの男の真情を垣間見ようと努めるはずだった。別の出版社を辞めてまでエロスを模索し、三年もの間試行錯誤を続けている、内向的でやや湿った情熱を秘めた男の日常が淡々と綴られるはずだった。曽根はそういう堅苦しい描写は観客をうんざりさせると踏んだのか、完成作品では名美のブルーフィルムの仔細とそれを見て凍りつく村木の様子をいきなり見せてしまった。

 物語がゆるゆると上昇をはじめ、安定飛行に入った辺りになって名美は村木の眼前に出現し、そこで気流が大いに乱れるはずだった。それがシーン12である。ところが、脚本の1から10番あたりまでの日常描写はすべて12の後方へと迂回させられ、6番目に配置されていた村木と裕子とのホテルでの情事も同様に劇の中ごろへと跳ばされてしまった。つまり、裕子の出番は主演女優に席を譲るかたちで遅らせられた訳である。

 石井原案での裕子というおんなはシーン6の自らの出番を終えると村木の前からいったん退場し、完全に気配を殺している。「三年後」に妻となり母となって再登場するのは同じだけれど、裕子にとっては村木と名美との出会いやそれに対する村木の灼熱、そして、煮えたぎる奔流に足をすくわれてじたばたする男の動向というのは一切感知し得ない遥か彼方に置かれてあるはずだった。

 村木と名美の間に神話的とも言える荒ぶる狂恋なり暴走をうながす為に、邪魔になる裕子という存在をそっと石井は舞台袖へと引き入れたに違いないのだが、曽根の改訂によって名美という暴風圏は開幕直後に発生してしまったのだし、裕子は舞台からしりぞく機会を失い、劇の中頃を風に玩(もてあそ)ばれる木の葉のように行きつ戻りつする羽目になった。“名美の表情にすでに囚われ”、魂が“ひかれている”男が裕子の前に無残にも立たされ、村木は神から生身の男に立ち戻って保身にひた走る体たらくとなったわけである。

 蟹江を追悼する記事が週刊誌をいくつも飾ったが、その中のひとつで曽根は『赤い教室』に蟹江を起用した経緯を次のように語っている。「家庭があるのに女に惚れてしまい、かといって仕事を投げ出すほどはのめり込めない、このような忸怩(じくじ)たる思いに駆られる男を、ただ居るだけで演じることができる人がいないか? と同じ映画監督の神代さんに尋ねました。すると、『蟹江ってのが、中々良いよ』と教えられたのです」(*1) 

 三十五年も前の仕事場の風景なり会話を、どれだけ人は鮮烈に記憶にとどめ得るのか。大抵は不可能と思うから、記述どおりのやり取りが実際にあったかどうかは分からない。けれど、これが曽根の内部にある『赤い教室』の輪郭なり影であるのは間違いないだろう。「家庭があるのに女に惚れてしまい、かといって仕事を投げ出すほどはのめり込めない、このような忸怩(じくじ)たる思いに駆られる男」が“村木”とは。ここまで石井の描く男の内情を縮約(しゅくやく)してしまえば、神話性が崩れて減速するのは自明である。

(*1):「週刊文春」四月十七日号 「追悼蟹江敬三 ロマンボルノ監督が明かす迫真の“寝取られ演技”」 32頁




2014年5月5日月曜日

“硬度と慎重さ”~『天使のはらわた 赤い教室』を巡って[4]~


 石井の劇が現実と過去双方の描写の堅い積み上げから成り立っていて、骨太の印象を受けると先に書いた。これと似た筆触は古書店などから映画用台本を入手して読み進めたときにも決まって在って、強く意識されるのだった。

 当初は原作の題名そのままに『火の蛾』と呼ばれ、紆余曲折を経て『死んでもいい』(1992)となったもの、はたまた黒雲が急に湧いて視界を遮るのにめげず、困難な航海をやり遂げている『GONIN2』(1996)といった作品の準備稿に目を通していくと、意外にも完成品と趣きがほとんど変わらないことに驚かされる。微妙な変更箇所は確かにあるが、いずれも枝葉に過ぎず、骨格なり血脈、つまり挿話それぞれの順列や台詞といったものに手を加えずに最後まで突き進んでいるのがよく分かる。

 準備稿の横に決定稿を広げて一字一句を見比べていっても当然ながら変更箇所はわずかであり、新たな発見を期待して目を皿にする側からすれば物足りなく感じることが多い。映画づくりの工程で台本がどの時期に、どの程度の助言を周辺から吸い上げて輪郭なり硬度を決定していくのか門外漢には分からない領域であるし、人の手による仕事である以上は様々な経緯をたどるのは当然であるのだが、こうして過去の石井作品をめぐる資料の収集と読解を丹念に続けていくと、どうも石井の筆になる台本というのは足し引き無用の硬度にまで鍛錬され、磨き上げられたものがかなり早い段階から提示されてあるようだ。原作の咀嚼と理詰めで流れを決めていく時間、飽かず反芻をおこない微調整を加える昼夜が幾重にも挟まれた末の“納品”なのだろう。

 たとえば池田敏春(いけだとしはる)が監督をつとめ、血みどろの殺戮描写を売り物にした『死霊の罠』(1988)は石井が脚本を担ったひとつだが、これを最初に観たときは大いに面食らったものだった。石井の描くロマンティークな悲恋群像に耽溺する目には、いくら何でもこんな殺伐とした景色を石井は書かないのではないかと思われ、台本はもっと違った光に染まっているに相違ないと信じた。石井の記した文面の片鱗すら残らぬ乱暴な改変が現場で起きたのではないかと訝(いぶか)しんだのだけど、決定稿を入手して目を通してみるとあにはからんや、伊藤高志(いとうたかし)を起用した終幕の激闘以外はほとんどそのまま石井の筆が疾走し、のたのたと蠢き、おどろおどろした惨劇を次から次に産み落としていた。(*1)


 石井のつむぐ台本とは、繊細なあや織りにも似て縦糸と横糸が意味ありげに交差し、それらは別の作品でも起用されて色つやを放っていく面白さ、奥深さがあるのだが、どうやら一度仕上がったものにおいては多少の揺れや振動ではびくともしない建築物となっていき、現場にかかわる多くの仲間を束ねて牽引するようである。

 ひとまとめにすると笑われそうだが、そのことは石井の劇画づくりにも言えることだ。作品の原稿が書籍やウェブで幾つか散見される。じっくり時間をかけてその線をたどって見ると分かるのだが、背景であれ、手前に配された衣服や家具であれ、それからコマを囲む枠線にしてもそうなのだが、画面に組み込まれたあらゆるものが精密に完成度高く描かれてある。人物にしても主線(おもせん)がすでに決定されてあり、ぶれや迷い、曖昧な箇所がいっさい無い。こういう“下絵”はあまり見られない。アシスタントの役割はその線を慎重になぞったり、間を染めたり、トーンを貼ったりするものと決められている。石井隆という創り手がどれ程自身の仕事と世界観に対して愛着と責任を持って臨んでいるか、それがどれ程の硬度と慎重さをそなえるものか、ここでも確認することが出来る。


(*1):『死霊の罠』は【魔樂】(1986)の発表後、割合と近い場所で書かれた作品である。モニター越しにからみ合う視線であったり、理解してもらえぬ煩悶であったり、ライターを小道具に使う点など石井の血がひっそりと交じる内容であって、そのように俯瞰して見れば他の石井作品と自然と連結を果たすように思う。