2016年11月23日水曜日
“ドッペルゲンガー”(1)
「佳景2」と題した場処は、石井隆の劇画作品【おんなの街 赤い暴行】(1980)にて背景素材となった崖である。これに絡めるかたちで“石井作品の風景”について思うところを綴ろうと思う。
崖の中腹にはもともと小ぶりの洞(ほら)が穿たれてあったのだが、今は灰色のレンガ状の物で塞がれていて、目を凝らしてようやくその位置が判るそんな状態にある。「佳景1」と題した画像数葉は同一地点ではないのだけれど、生成の過程なり年代はかなり近しいと想像されるから、往年の崖と横穴の様子はこんな具合だったと考えても構うまい。
ほぼ垂直の十メートル程度の崖の途中、地上から二メートルから三メートルの位置に穴が開けられていて、土の成分によるのか、それとも軟らかい土質が根を下ろすのを阻むのか、雑草で覆い尽くされずに白い崖の大部分が剥き出しとなっている。
黒い穴はいわゆる横穴墓(おうけつぼ、よこあなぼ)と呼ばれる古人の埋葬痕であり、丘陵や山裾などのやわらかい傾斜部を掘って造られるのが一般的であるけれど、「佳景1」と「佳景2」は共に川原に面して在るのが珍しい。わたしは学者でも何でもないが、雰囲気に惹かれて古い墓所や寺社を時おり訪ねるのを趣味としていて、これまで幾箇所か横穴墓群を覗いている。近くを川が流れている事はあっても、ここまで近い距離に水面があるのは知らないし、大概は地上から数十センチ、あっても一メートル近辺に穴が掘られている。その後、二段三段とその穴の上方の斜面を利用して次の穴が造られ、やがて蜂の巣状になることはあっても、こういう大人の手も届かぬ高所にぽつねんと穴がひとつだけ、もしくは一列に掘られていくことはまず見ない。
この奇観が産み落とされたのは川に面すればこそ、と考えている。台風や長雨、もしかしたら津波による海水の溯上といった水位の上昇なり氾濫を配慮して、穴の位置は背丈より高い位置に決められたのではなかったか。そう思えば素直に合点がいく。石井世界と現実世界の接点をもとめて足を運んだのは違いないが、それ以上に見ることの愉悦を味わう時間となった。
さて、「佳景1」と「佳景2」を目の前にすると、だから目前に青い川面が広がるか、それとも背後にせせらぎを聴くことになる。ここで三途の川だ、アケローン川 Acheronだ、と甘い連想に浸りたい訳ではなくって、そのような現実の地に立ちながらにわかに違和感を覚えるところがあって、そわそわと落ち着かなく周辺を見渡した。
手元に持参した単行本「おんなの街」をめくりながら、実際の景色を比較する。おおよそ石井が撮影をした場所も特定できたのだけれど、そのカメラ視点は劇中この奇妙な崖にさまよい至った名美というおんなのそれと重なっていた。そのおんなは穴の開いた正面の崖とは別のそれの縁(ふち)に座っているという設定であった。
もう一方にそびえる別の崖が、だから近くに在るはずなのにどうした事か見当たらない。石井が劇画作品と取り組む際には、最初に綿密な取材撮影が実行される点は以前書いた通りだ。(*1)勝手な思い込みと言われればそれまでだが、てっきり作品中の対峙する双子の崖が実在すると信じていたから、虚を衝かれてしばし言葉を無くし、角の取れた石で覆われた中洲に独りたたずんだ。
(*1): http://grotta-birds.blogspot.jp/2011/03/blog-post_6894.html
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