2023年7月9日日曜日

“木立の奥で動くもの”~『ろくろ首』考(2)~



  『怪談 KWAIDAN II ろくろ首』(1993 以下『ろくろ首』とする)はテレビの単発ドラマであり、コマーシャルを除く放映時間は正味40分強とたいへん短い。1993年8月20日の本放送の後、最近では衛星チャンネルで2012年8月9日の深夜に再放送されている。(*1) 

 茶の間に流れたのは、つまり「真夏」であった。かつての「真夏」といえば、骨の髄にもぺたぺたと汗かくと感じられるほど暑かった。誰もが流れる汗で服を濡らしながら学校に通い、働いていた。芳香剤のコマーシャルも大して流れなかったから、若い男たちは総じてつんと酸っぱく臭っていた。どこもかしこも熱風に巻かれて、夏だから当然とは思いつつ、顔をしかめ閉口する毎日だった。納涼の意味合いもあって、心霊特集、幽霊ドラマがテレビのブラウン管を占領したのも道理である。

 往事の団欒の風景を思い返せば、団扇(うちわ)をはたはたと振っては連れ合いに風を送るおんなたちが目に浮ぶ。扇風機が狭い茶の間で低くうなり、蚊取り線香がその風を受けてちりり、ちりりと紅く燃え、流水にしばしさらして冷えた西瓜に一斉に喰らいつき、ビール瓶のカチャカチャすれて鳴る音が涼しかった。下着姿でくつろぐ大人たちの見守るなかで、暗闇でマッチの擦る音が聞こえ、続いて明滅する子供用花火が披露された。

 バブル期以降は家庭ごとに空調機械が充実し、大人も子供も窓が開け放たれていることに舌打ちして、がらがら、ぴしりと閉める音ばかりが頭に響いた。その分、外界は意識から徐々に遠のいていき、じっとりと湿った熱帯夜の闇の奥から得体の知れない化け物が舌なめずりをして窺っている、そんな連想を庶民が捨て去るのに時間はかからなかった。自然と妖気漂うテレビ番組は目立たなくなった。

 今も肌を焦がすような陽射しはあり、その下を懸命に人は歩み、働き、暮らしている。しかし、店舗なり公共空間、職場や社用車、自宅といった風に点々と暑気を追い払う避難所的な場処が設けられている。凄絶で逃げられぬ「真夏」と闇夜のおどろおどろした存在感は消え去った。

 『ろくろ首』が作られたのは暮らし向きが変わっていくそんな端境(はざかい)をとうに過ぎた頃だ。不易流行を重んじるテレビジョン業界の製作陣からすれば、鳥肌が立つような「涼しい描写」など大衆にはもはや不要と考えたに違いない石井と演出の久世光彦(くぜてるひこ)もその点は割り切っていた事だろう。

 『ろくろ首』は、だから娯楽にひたすら徹すべく努めて見える。屋内のセット撮影を主軸とし、ビデオ合成や特殊造型といった当時の最新技術をにぎやかに配すると共に、剣劇を挟み、扇情的な描写を散りばめ、分かりやすい過剰な演技を役者に求めて、ひたすら飽きさせないように工夫している。バラエティ番組の狂騒が渦を巻いている。幽霊、化け物譚であるのだが闇の濃さと湿度は低く、作り物の面白さをどこまでも希求していて、私たちの住まう世界とは隔絶した舞台に見える。

 まず最初にこの『ろくろ首』のあらすじを書き起こし、その上で石井の作為を読み解こう。起承転結を文章にするにあたり、夏川結衣(なつかわゆい)を応援するブログを参照とさせていただいた。(*2) 主役の姫を演じた夏川は撮影当事、二十代なかばであり実に愛らしく、清楚な魅力に溢れていた。彼女を愛でる気持ちが伝わる素晴らしい文章であったし、何より分かりやすくまとめられてあって、そのまま書き写せば十分であるのだけど、石井の創作術に触れる必要から失礼と感じつつ加筆させていただいた。もしもご覧いただいたなら、何卒ご容赦いただきたい。

[序幕/行脚(あんぎゃ)] 

 時は室町時代、文明年間のこと。血で血を洗う戦国の世に嫌気が差して武士から僧となった男(柳葉敏郎)がいた。今は回竜(かいりゅう)という法名を受け、全国行脚の日々である。旅の途中、渓流で身体を清めていると木立の奥で何かが動く気配がある。半透明の影が陽炎のように揺らめいては、周囲の葉をがさがさ鳴らす。まるで男を見詰めているような気配である。今しも天頂では日食が始まるところで、あたりは薄い闇に包まれていく。

[第二幕/救出] 

 鬱蒼とした林の道で悲鳴が聞こえる。駆けつけた回竜は、複数の賊に襲われる若いおんな(夏川結衣)と年輩の侍(名古屋章)を目撃する。ふたりは身なりから高貴な者と分かる。どうすべきか様子を伺っていたが、老侍が無惨に刺し殺された姿に我慢ならずに飛び出してしまう。無法集団と化した野臥(のぶ)せりと対峙し、多勢に無勢ではあったかがこれを追い払う。

 危ういところで救われたおんななれど、足を挫いて上手く歩けない。おんなは月乃(つきの)と名乗る。とある理由で隣国まで急いでいたが、従者とはぐれてしまったと打ち明けるのだった。回竜は月乃を背負い、行方わからぬ従者を探しながら山中を進んでいく。解せないのは老侍の死体が跡形も無くなっていたことだ。土を赤く染めたおびただしく血しぶきも綺麗さっぱり消えている。


(*1): https://yakumokai.org/5508

(*2):「MOONLIGHT イチ夏川結衣ファンのひとりごと。」

http://moonlight-yui.jugem.jp/?eid=131




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