「波立ち荒れて、高さ三十町にも立ちあが」って罪人を呑み込んでいく「長宝寺よみかへりの草紙」の三途の川の件を読むと、千尋の谷を細い吊り橋でよろめきつつ越えていく様子が容易に想像される。一町はおよそ百十メートルである。怒り狂った波がいきなり富士の峰ほども鎌首をもたげると言っている訳だから、逆算すれば川底まで相当の深さがなければ辻褄が合わない。大蛇の棲む川面が目と鼻の先にひろがるという他の記述と明らかに矛盾するのだけど、まあ、古い伝承にいちいち突っ込みを入れても仕方なかろう。ここで大事なのは石井の絵に川とその水の気配が感じられない点である。渓流や波しぶきといった一連の現象が見当たらない事である。
読者の目から死角となったところに滔々と水は流れ、生き生きと波が躍動するのだろうか。なぜそれを隠す必要がある。血をしぶかせると同じ要領で白い飛沫をパラパラとブラシで落とせば良いではないか。乳のごとき白き霧を段差の隙間にゆらゆらと横断させれば良いではないか。
石井隆の扉絵に刻まれた独特の段差はどこから生まれたもので、何を私たちに言いたいのか。そもそもが川などなく、ちょっとした縁(へり)や淵がある程度であって、わたしの思い過ごしなのだろうか。一枚の絵をそれ単体で見るならば、見ての通りこれは縁や淵であるのだし、そこに水が流れていてもいなくても誰が困る話でもない。世界は完結するからだ。萩原健一と内田裕也の夢の共演、それも石井隆が演出するこの世に生まれ損ねた活劇の一場面であり、惜別の念をこめて粛々と眺めればもう十分である。波止場なのか冷凍庫の立ち並ぶ工業地帯の一角なのか、そこで幻のカメラが回り、幻の給水車から吐き出された幻の雨がふたりの俳優の頭上にぼたぼたと撒かれていく。
しかし、石井隆という特殊な作家のこれまでの作歴を見ていけば、一幅の掛け軸と思われたものが実は連作の一部であったり、ひとつのモティーフを愛着持って再度描き直し、その執拗に繰り返される表現行為を総覧してようやくそれが歳月を超えた長い物語を編んでいることに気付かされて慄然とする瞬間が多々あった訳である。読者や観客がそれに気付いて泡を食う様子を眺めても、平然と完黙を押し通して次の作品づくりに入っていく、孤高をまるで恐れない精密時計の職人然としたところが石井にはある。
見立て違いの可能性がゼロではないが、わたしはこの扉絵に【赤い暴行】(1980)を秘かに重ねている。薬で朦朧としたおんなが森を越えていき、終にたどり着いてしまった垂直の崖である。一方は凹凸の少ない硬い外貌、もう一方は木の根や枝にみっしりと覆われているのでそっくりではないのだが、死出の道筋に現れた事、コート姿のおんなを添わせる等、相似する点が複数認められるからだ。「風景の分裂」や「鏡面作用」といったものが此処でも生じて、見るものの視線を裏返そうと立ち騒いでいる。
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