2018年4月29日日曜日

“重力にあらがうこと”(8)~雨のエトランゼ~



 石井が「漫画」に育てられながらも彼の地を目指さず、どこまでも「映画」を追いかけた特異な絵師だった点を私たちはここで思い返す必要がある。映画的な手法をおのれの劇画づくりに大胆に移植したことは彼の写真集「ダークフィルム 名美を探して」(1980)で明らかであるが、石井が目標とした「映画フィルム」に散りばめられたカット割りとは、そして、石井劇画が取り入れた「映画的コマ割り」とは何だったか。

 観客の視線を誘導し、前のカットと後に続くカットが仮に別々な日に別の場処で撮られたものであったとしても、そこに運動なり生理現象が隙間なく連結して見えると客に信じこませ、由って肉体の快楽や苦痛が列なる時間をも幻視させる。加えてこれに付随する思考や感情の立ち昇りを無理なく客の脳内に想起させる。「映画」の全てがそれとは言わないけれど、現実世界で身体に次々と巻き付いては消えていく慣性なり反動を十分に理解し、たくましく想像をめぐらせてはカメラ前で延々と再現していく仕事が「映画作り」の要であることは間違いない。

 【女高生ナイトティーチャー】(1983)で脳内再生された転落の顛末は、そして、投身に限らないけれど石井劇画で目撃される所作なり現象のほとんどは、映画作品を構築するのと非常に似た道程を経ている。そうであればこそ、あのような巧みな描画が産まれ得る。物体それぞれに重心が与えられ、動けば慣性が生じる。歌舞伎役者の明達が引力を意識し、その帯や手拭いを自在に操るように、石井隆もまた重力を熟知し活かす、破壊と創造を司る道士だ。

 石井以外の映画においても投身は数多く描かれている。二、三の例を記憶に辿れば、誰でも鮮やかに脳内にそれは再生される事だろう。それだけ私たちは衝撃を受けたからだ。あたかもその場を目撃したような錯覚を抱き、また、彼ら投身する者、死する者の内面に寄り添って様ざまに思考を巡らせている。コマ割りの力が私たちを現場に導き、生と死の境界での立哨を強いてくる。

 たとえば『めぐりあう時間たち』で窓枠にもたれ、そのまま身体を傾げて落ちていく詩人の最期であるとか、最近では『イーダ』でおもむろに窓を開け、そこに助走つけて歩み寄り空中に飛び出していくおんなの背中を生々しく思い出す。(*1)彼ら銀幕の投身者を回想していると甘苦い味を舌に覚え、泣きたいような気分になってくるが、同時にその重苦しい味わいは石井作品の読後感や観賞後の酩酊に似ていることに気付く。生の臨界を越えたところにありながら、愛慕や肉欲を引き剥がすことが出来ずにいる、そんな歪んだ境界線上に石井は作劇の軸芯を据えている。

 石井隆が過去どのような投身を映画館の暗闇で目撃したかは知らないが、私たち同様の衝撃体験を経て来たのは間違いない。今度は自分が銀幕ではなく紙上ながらも、「映画」を克明に定着させる役目を負った訳である。そんな石井が【雨のエトランゼ】(1979)の投身を描くにあたり、見上げれば雨雲しかない屋上に遂に至ったおんなの行動なり、そこに渦巻く感情を思い描かなかったはずはないではないか。肝心の屋上を【雨のエトランゼ】から奪ったことが不思議に思えてならない。

 投身の真っ只中、落ちていくおんなだけを描き、その前の雨に打ち沈んだおんなを露わにしなかった。読み手を驚かせようとする、ただその為だけにばっさり切り捨てる必要があったものだろうか。仮に軽く手を振って廊下へ消えたおんなのその後の行動と、呑気に情事の疲労にたゆたう男の所在ない立ち姿が延々とカットバックされても【雨のエトランゼ】の本質は揺るがなかっただろうに、石井は大鉈(なた)を振り下ろすようにして思い切っている。頭を断ち、尾を断ち、どくどくと脈動する心臓を凝っと見下ろしている。

(*1):
『めぐりあう時間たち The Hours 』監督スティーブン・ダルドリー 2002 
『イーダ Ida 』 監督パヴェウ・パヴリコフスキ 2013 



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