2015年3月3日火曜日
“墜ちたシャンデリア”~『GONINサーガ』の舞台~
折にふれて足を運んだ美術館がこの春、改装のために休館する。次の逢瀬ではまるで違った容貌になっているやもしれず、それを想うとほのかに淋しい。長い目で見ればこの世の中で消えて無くならない建物などある筈がなく、諸事情あっての展開だろうから何を言っても詮ないのだけど、それにしても時間は風景を容赦なく変えていくと思う。
天井の低さゆえか派手な企画が組みにくい、だから顔馴染みの収蔵品が替わりばんこに置かれるばかりで、ふらりと立ち寄る平日には人影はまばらだった。昏い照明がもたらす穴倉めいた面持ちが波長に合ったし、部屋ごとに異なる壁の色、深紅や萌黄色に染め分けられた冥路(めいろ)然とした館内を回遊すると時間も思考も停止した具合になってこころが安らいだ。深海魚がたゆたうかの如き緩慢な客の動作も含め、来るたびに“異界”を堪能出来て嬉しかった。
先日、時間を縫ってお別れに立ち寄ったのだけれど、どうやら似たような感懐に襲われた人が多いのだろう、館内は普段と違いとても混み合っていた。中でも上品な服装をした年輩者の姿が目立つ。おそらくは開館当時から通い続けた人たちだ。フロアの肘掛け椅子で身じろぎもせず名画と向き合う婦人の姿は、もはやそれ自体が画布に盛られた絵の具と化して見え、脳裏にべったりと浸み付くところがあった。
人家であれ商店や工場であれ、建物の臨終に立ち会うことは哀しみをともなうし、厳粛な気持ちにさせられるものだ。特に何度も立ち寄って魂を交感させた場処はなおさらであって、どうしても心中を複雑にする。この都心の洞窟に彼らはどんな時間と吐息をつむいできたのだろう。そうして、その映像や音はどこに去っていくのだろう。ぼうっと前を見やるふたつの瞳には一体なにがいま映っているのか。
実際の建築物ではないのだけれど、わたしが今、上の美術館と並んで先行きが気になって仕方ないのが港に面したイベントスペース、言わずもがな石井隆が産み落とした因縁の舞台“バーズ Birds”だ。石井の新作『GONIN サーガ』(2015)は、『GONIN』(1995)の正統な続編であるらしい。初号試写を終えていよいよこれからは報道や評論家向けの試写会が重なってその全貌が見えてくるはずなのだが、私たちが今この瞬間に目にするものと言えば公式ホームページ(*1)やツイッター(*2)、それに先のプレス発表内容を転載した雑誌ぐらいであり、何がどうなるのかまるで分からない。次々に妄念が湧いてそれに縛られるばかりなのだけど、舐めるようにして繰り返し読む文章のなかには「バーズの跡地に高層ビル建設を計画し、その記念パーティー」を開くとも書かれているから、どうにも気持ちはざわめき、ぼしょぼしょと雨降る憂鬱な心持ちとなる。
漢字二文字で『五人』とまだ題された準備稿の段階では“グロッタ”と呼ばれたこのディスコテークは、照明効果を高める目的から窓も限られ、天井や柱の裏、壁の隅っこには闇が色濃く居ついて、当初の呼び名そのままに“洞窟”然としており、常に冥府との境界を想わせる場処となっていた。『GONIN』以降も翌年の『GONIN2』(1996)、さらには『黒の天使 Vol.2』(1999)にも登場して激しい闘いが繰り広げられた。杉本彩が出た方の『フィギュアなあなた』(2006)も撮影されているから、石井世界を観続けた者は足掛け二十年に渡りこのバーズに入場を重ねた訳であって、先の老婦人のような特別な追想に囚われるのは気持ちの帰着先として当然と思う。
東出昌大(ひがしでまさひろ)、桐谷健太、土屋アンナ、柄本佑(たすく)、安藤政信といったキャストの写真に交って撮影現場の画像が雑誌の頁(*3)にいくつか見つかるのだけれど、衝撃なのはバーズを象徴するシャンデリアが床面近くまで下ろされている点だ。大きなホテルの宴会場などでは、メンテナンスすることを前提にシャンデリアが天井と床面の間を上昇下降する仕掛けが最初から組まれているらしいのだが、まさかバーズのホールでそういった大掛かりな作業が始まるとは思っていなかったから、これは心底驚いたのだったし眩暈するような気分を味わった。
“バーズ Birds”がついに消失する、ああ、これは本当に終焉が描かれる可能性もあると思われ、そういう切迫した危亡すれすれのドラマを描こうとする石井隆の今をどうしても想わない訳にはいかない。二十年目にして訪れた重大な結節点を、ファンとして、目撃者として意識しない訳にはいかない。
(*1): http://gonin-saga.jp/
(*2): https://twitter.com/gonin_saga
(*3): CINEMA SQUARE vol.67(日之出出版)、 Cinema★Cinema No.53(学研マーケティング)ほか
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