2013年1月20日日曜日

“雨に濡れる孤影”


   少し前になるのだが、劇場まで足を運んで映画を観ている。壇蜜(だんみつ)という古典的な面立ちと腰つきの、たとえば鏑木清方(かぶらぎきよかた)が好んで描いた風の濡れたおんなが主役を務める『私の奴隷になりなさい』(2012)という小品だった。(*1) 

 わたしは自身のことを色香の乏しい者とわきまえているし、この期に及んで螺旋(ねじ)を巻いても仕方なかろうという諦めもある。だけど、萎(しな)びがちな自身を最近持て余し気味であり、赤裸々な会話が飛び交う愛憎劇を大画面で賞味し、ゆったりと椅子に身を沈めて若く健康な裸身を愛でるならば冷えた軸心に勃(お)こるものがあるだろう、活も入ろう、きっと発奮もなろう、そのように期するところがあった。無いものねだりというか、欠落感を埋めるというか、なだめすかすと言うか、束の間だけでも酩酊したいという浮いた願いも正直言えばあったのだ。他にもじわじわと興味が膨らみ手伝って、夜の回へと背中を押されたわけだった。

 巧みな切り絵を彷彿させる壇の豊かな髪ともちもちした肉(しし)合いは、優しく目に馴染んでこころを弾ませた。墨絵のようなおんな、という印象も抱いた。これからメディアでの露出も増えて鍛えられていけば自然と色とりどりの表情を見せるに違いないが、今この時期に限られるだろう単色の描線とにじむような染まり加減には健気さ、あどけなさが宿っており、ほんのりと酔わされるところが多かった。
 
  さて、承知の通りこの壇蜜が、石井隆の監督作『甘い鞭』(2013)において主人公の“現在”を演じるらしい。加えて題材が嗜虐症(サディズム)であって、これも石井の最新作と地色を重ねている。

 “お葉”こと永井カ子ヨ(かねよ)というおんなが複数の画家のモデルとなって生き、さまざまに違った顔を残したことはよく知られる話だ。海外ではアリス・プランAlice Prinというおんなが“モンパルナスのキキ”となって絵画や写真に登場し、これもまた多彩な面影を美術史に刻んでいる。画布に写し取られる工程で描き手の魂が濾布(ろふ)となって機能し、雑味が省かれ、意のままに変容された挙句に男たちの“情景”に採り込まれたものだろうか、それとも、おんなの内部に横臥する恐るべき多層が画家たちの視線に共振し、波打ち、やがてべろりと剥離して面貌なり物腰を分裂させていき、さながら花の図鑑が風にめくれるように、それともプリズムが陽射しを浴びた時のように七色にまぶしく照り映えたものだったか。

 絵心のない私にはよく解からないし、不可解なまま幕引きそうな予感もするけれど、二本の壇蜜主演作品はこれに似た“絵画とモデルの関係”を最初から漂わすところがありはしないか。一個のおんなを二人の男、亀井亨(かめいとおる)と石井隆がきわめて似た景色に配置し、描いてみせるという事実が至極愉快だし、それをほぼ同時期に愉しめることに歓びを覚えて居ても立ってもいられない。

 『私の奴隷に─』を石井世界の輪郭を見定めるための“対照群”として使ってやろうという魂胆がそんなわたしにはあったから、いざスクリーンを見つめて物語の行方を追いながらも目線は既にして石井の新作を手探っているところがあった。折り畳み式の椅子に腰掛けた交通量調査のアルバイトにでもなったような心もちで、ここは同じ、あそこは違うと硬く握りしめた(想像上の)カウンターをカチリ、カチリと押していたのだ。作り手に対してひどく不謹慎で最悪の観客だった訳だが、これは事実だから仕方がない。


 劇の冒頭や中盤には(傘は持ったり持たなかったりするが)降雨の中にたたずむおんなのシルエットや影が挿入され、過去の石井の作品『ヌードの夜』(1993 )を想起させるに十分であった。もちろん雨に濡れる孤影ほど情念を薫らせるものはないのだし、視るもののこころ捕らえるものもそう無いのであって、古今東西の絵画や映画でも実際多く取り上げられている。脳裡には『妻は告白する』での若尾文子(*2)や、『サンダカン八番娼館 望郷』における高橋洋子(*3)などがひたひたと濡れてうごめくし、恋するウディ・アレンにさえ雨は降りしきる。『私の奴隷に─』での“傘とおんな”の出現は、だから特筆に値しないありふれた状景に過ぎない。

 故意か偶然かといえば、たまたま似たに過ぎないのだろう。いつもの狂った暴想と首を振りながら、されど、妄念の連鎖はどうにも止め難いものがあるのだった。濡れたおんなの陰影をかすがいにして、両者は混然一体となるようでもあり、その逆に『私の奴隷に─』の諸相が石井世界と馴染むことを許されず、白い飛沫となってぴちゃぴちゃと弾かれていくようにも思えて、最後まで興味深く観賞したのだった。


 『甘い鞭』と『私の奴隷に─』──主演女優の演技を筆頭に、比べる面の大きい作品であるのは違いない。石井世界とは何か、何をどのように描いているのかを粘り強く、無言の裡(うち)にたぐっている者にとっては一度観ておくに値する作品ではないか、そのように捉えている。


(*1):『私の奴隷になりなさい』 監督亀井亨 2012
(*2):『妻は告白する』 監督増村保造 1961
(*3):『サンダカン八番娼館 望郷』 監督熊井啓 1974

2013年1月12日土曜日

“エロスの修羅”と“雨に降られて”



   昨秋の中盤9月頃から急にせわしなくなり、切り替え下手のわたしは頭の中がぐしゃぐしゃになってしまった。毎朝よせられる新聞を腰すえて読むことが出来なくなり、されど捨てる勇気もなく、部屋の隅に汚らしく積み上げるばかりで逃げた。年明けてようやくひと息つき、うずたかく層なした灰色の山を見下ろすうちに、どうも妖しげでごろごろした心持ちになってしまった。

   そこには大切な何か、つまり、人生や仕事に対するありがたい秘訣や神託があるかもしれない。音楽家の知られざる一面や考古学上の興味深い発見、繊細な日本語の読み解き、男女関係の機微のあでやかな考察、酩酊すら覚える傑出した読書評、刮目に見合うだけの映画評があちらこちらで手招きし、温かい談笑の間へと導くかもしれず、発電所事故のこの先を予兆する朗々たる声明やアウターライズ余震の序曲だって精一杯に息づくかもしれぬ。けれども、無常観とまで言ったら大袈裟かもしれないけれど、一枚もめくることない活字の集積に対してわたしは未練や想いを急速にうしなってしまった。

   いつでも集積所に持ち込めるように、次々とヒモで束ねていく。四紙の集積はようやく持ち上げられる小岩みたいな束となり、それが八つほどにも膨らんだ。えんやこらと物置に運び入れながら、これだけのために何千円、何万円も投じたか、と思うと自分が救いようのないド阿呆に見えてくる。

   雪おろしの最中に屋根から落ちて意識を失い、そのまま四ヶ月ほども入院したようなものじゃないか、そういう事だってたまにはあろうと割り切ってはみるものの、黒い波に押し洗われ、荒涼として果てなく広がるばかりとなった無音の景色を見つめて以来、ものへの恋慕なり渇望、それに信頼がわたしの中で急激に減じたことが遠因となっているのは違いなく、新聞という媒体が霞(もや)がかったものに変化(へんげ)しているのは確かなのだ。


   なにも新聞記事に限ったことではない。皮膚と筋肉が裂けはだけた風の、素っ気ない妙ちくりんの脱力感が全身を覆ってどうにも振り切れないでいる。年齢を経るにしたがい勢いづく別離や消失、忘却に歯向かって、なにくそ手を離すものか忘れるものかと記憶を再生し、文章に刻み、懸命に面影をなぞり写していくのが“ひとの生”の一端と信じるけれど、おぼろになる残像に向けた指の先はどんどん冷たくなって、握力が急に落ちた感じがこのところ強い。厭な転調が起きていると思う。自分で自分の在りようが心許なく感じられて仕方ない。すっきりと気分を換える手段が何かないものだろうか──。


   この場を借りて石井隆というひとりの作家に対して想うところを綴り、知り得たことを世間に開陳していく背景にはそのあたりの狂った気分が関わっている。いや、以前は値千金を信じ(金銭的に価値があるというのでなく、読み解くことの嬉しさが確かに宿る作品群ということだ。今もそれは信じているのだけれど)、玉なす汗を勲章とも思い、岩肌なり盤根(ばんこん)の隙間をせっせと掘り進めることが愉しかった。将来はまた違った自分にもきっとなろうが、このところは真逆の意識にむしばまれている。ようやっとうがった浅い穴ぼこの底に、知り得たものを納めておきたい、早く仕舞い置かないと手遅れになる、駄目になってしまう、時間と機会が永劫に失われていくのではないか、そんな焦燥に似たものが背中あたりで盛んに跳ねている。

   劇画家としての石井隆が当時どれほど注目され、どれだけ世間を揺るがしたか。それを知る術は当時の熱狂を体感した人に直接尋ねるか、それとも雑誌に掲載された作者へのインタビュウや評論にあたるしかない。土屋名美に恋恋していたことを吐露する人は、(必ずいるに違いないのだけれど)わたしの周りに見当たらないものだから、どうしても活字になったものを探してくるしかない。

   新旧の石井作品を愛好する流れで、私はそんな世間の見方も気になって合わせて蒐集してきたのだけれど、これら掲載する雑誌たちは先の堆積なった新聞と同じく消散を宿命づけられた顔つきをしており、どうかすれば家人なり第三者により瞬く間にヒモで縛られ、町内会の資源回収に供されるに決まっている。気持ちばかりが焦って仕方ないのだが、同時に乾いた諦観ものっそりごっそりと立ち上がって行く手をさえぎろうとするものだから、両極の想いが頭のなかを渦巻き圧迫する。宿酔(しゅくすい)した宵の午前3時に、蒼白な顔でがばりとはね起きる、あの瞬間にも似た寄る辺なさがひどく悩ましい。

   「週刊現代」や「週刊朝日」といったものに石井はインタビュウ形式で度々登場していくのであるが、その内容は石井が他の誌面、たとえば「週刊プレイボーイ」や自身の単行本で語っていることとそう大きくは違わない。“時の人”となって頁が割かれていく様子はそれなりに見応えや読み応えがあるのだけれど、わたしが凄いなと感嘆するのはそれ等とは風采の異なる、いわゆる“美術雑誌”で幾度か取り上げられていたことであって、流行の域をこえた石井の勃(つよ)い作家性が日本の美術シーンを鳴動させた事実を垣間見ることが出来る。石井を語る上で外せない部分と思う。

 それら真摯で硬い面持ちの文章のなかには、「ストーリーを説明するのはむずかしい。もともとないのじゃないか。意味不明、支離滅裂」(*1)といった(今でもこの手のものは見かけるが)短絡した形容なり感想をよしとせず、書き手それぞれの懊悩や知識を総動員して照射なり結線が石井世界の地平にむけて為されたところがあって、人間対人間のまばゆい魂の対流がそこに視とめられるのであり、それゆえに悠然と時代を越えて2013年現在の石井世界をも読み解いているように感じられる。

    “エロスの修羅 石井隆の世界”と題された金坂健二の論評が載ったのは、池田満寿夫の絵が表紙を飾る「みづゑ」という雑誌であった。ここで金坂はいきなりバタイユを切り口にして石井の劇にたゆたう死とエロスのざわめきににじり寄ろうとするのだが、次のくだりなどは石井のドラマの基礎組みを上手く表現して美しい。


「他者にとって土屋名美的な女のエロスはそのほんらいの無制限性と無限性によって〈暴力〉になり、しばしば本人にもナマの暴力になって戻ってくる。(中略)仮にもエロスの磁場に手をつけたら適当な所で止めておけるようなものではなく、それはそれ自体のルールでトータルまで突っ走らねば止まないことを語っている。それを本能で知っていればこそ、むしろ女は、当初は積極的ではない。侵入し犯すのはいつも男の方だが、その帰結として生きて動き始める性の深淵は、とうてい男の予測したものではないし、捲き込まれても少しも理解できない。絶対的な孤独と死の影が、こうして男から見た女にも、女から見た男にも、ついて廻る。」「この世界は特徴的に主体の成立を許さない。垂直下降があるだけだ。あの「紅い教室」のラストでさえ、名美の意志を越えてエロスがはるかに独走している。客体としてのエロスのスペクタクル化の中でわれわれは肉体としてのわれわれ自身に出会い、その思いもかけぬ顔貌に、息を呑むのだ。」(*2) 


   軌道を交叉させ、お互いに惹かれ合って螺旋を描きはじめた刹那、男とおんなの身に起こってしまう猛々しい変相を金坂は巧みな言い回しで書き留めている。灰の奥から埋け炭(いけずみ)を火箸でそっと拾い上げてみせる、そんな繊細さを想わせて読ませる内容なのだけど、なるほど石井隆の劇の展開を振り返れば、まさにそのような魂の迷走するなり官能が決壊する際の尋常ならざる暴れっぷりが確かに見つけられる。エロスや暴力が一気に肥大して制御不能の剣呑な事態に陥るのが常なのだが、「われわれ自身に出会い、その思いもかけぬ顔貌に、息を呑む」というあたりは村木の、そして名美の内心の震え、ひいては読者なり観客自身が抱く衝撃の淵源(えんげん)を露わにしており、読んでいて実に切ない。
 
 「象」(“ぞう”ではなく“しょう”と読む)という雑誌があり、その創刊号には今野裕一が“石井隆論─雨に降られて─”という、これもまた眼目を注ぐに値する文章を寄せている。後に出版人として石井の創作活動に深く寄り添うことになる今野ならではの、的確で唸らせる評論と思う。


「石井隆の描く、行為を達成しない男たちの姿は劇画文体を決して損うことはない。達成されないが故に、果てなく悲惨で果てなく猥雑なものとなって劇画文体にはね返ってきている。(中略)悲惨の裡に出遭う男と女の哀しさ、優しさ、それが石井隆の劇画文体の真の姿であろう。」「石井隆の線には鉄筆で断ち切ったような鋭さと力が籠められている。石井隆の描く女には体温を感じさせる官能はない。」「石井隆にあっては夢も等価に見るべきである。石井隆は夢でありながら現実であり、現実でありながら夢であるような情景を描くことに賭けてきた作家である。」「よく呪物崇拝にはナルシズムの傾向があるといわれる。だが、ベルナールにしても石井隆にしても、ナルシズムの傾向は少ない。なぜなら両者とも、意識を物に投射することよりも、物が潜在させているイメージを表面に引き出すことにエロスを見出している。」(*3)
 

   今野はコマのひとつひとつも含めた描画全般の、これを構成するすみずみまでを石井隆という作家の“情景”と捉え、その視点から世界を総観してみせる。この指摘は劇画と映画を越境して当てはまると思うし、私たちが石井世界に魅了される理由の一端を上手く説き明かしているように思う。被写体をもみくちゃにする荒々しい変化(へんげ)がスクリーン上で起こり、唖然として、ときに涙して傍観せねばならぬ私たち対して石井は別口(映画連動の写真集という名目)で“静止画”を提示することをここ数年続いているのだけれど、以前も書いたようにそこに宿る絵画的な構図と色彩、注がれ封じ込まれた情感の豊潤なること、鮮烈なことには毎々驚愕させられる。何冊か入手してじっくり向き合えば、今野の言わんとする事はするりと了解されるだろう。

   銀幕上ではあんなにも汗と吐息に蒸れ、雨を弾いて煙っていた熱い肌のおんなたち、男たちが急速に体温を失っていく。代わって衣服や下着の皺やひだ、インテリアの装飾、鏡面や水面を覆う光沢とぬめり、闇を裂いて散り交ふ光芒、蛇や軟体動物のように四肢を曲げる人体、強膜や角膜のぼわんとした丸み、前歯のエナメル質に生じた微かなでこぼこ、といった有相無相が同等の勢いを得て眼前に立ち上がり、総体として一幅の“情景”を私たちに提示していく。絶えず変幻する銀幕を前にすると、私たちに許される時間も能力も限られてしまうものだから、何かとんでもなく濃密なものに触れてしまった、どっぷりと浸ってしまった、凄いものを見せつけられた、という茫然自失の感を抱いて席を立つことになるのだが、本当のところは写真集が明らかにするように、無尽蔵の“情景”に次々に晒され、染められして、圧倒されているところは私たちにないだろうか。


   もちろん、石井世界の読み解きというのはそうそう容易なことではない。金坂と今野、両者の綿密な作家論をもってしても石井世界のすべてを見切ることはかなわないのだけど、ここまで真剣な“恋文”をシェアさせてもらえるのは、嬉しいし実に楽しい。有り難いこととも思う。

   さまざまに解釈を誘い入れ、読者や観客の意識を捕縛していく石井の劇画なり映画というのは、さながら巨大なカテドラルの天面を飾る宗教画ではなかろうかと時どき考えたりもする。地獄絵とも浄土変相とも見えるそれは、拝覧の時刻を変え、立ち位置を変えて見上げる私たちに向けてその都度さまざまな表情で応えてくれるものだから、こころに張りを失い、萎えしぼんでどうしようもなく淋しい折にはついつい再訪したくもなるのだ。無数のまなざしを受け止めると共に唯一無二の感懐を授けてくれる、そんな天井画を構成し、今も果敢に描き接いでいるのがたった一人の画家、石井隆なのだと思うと、(いろんな事はあるけれど)幸運な時代に生まれたものだと思い直したりするのである。



(*1):小中陽太郎「歴史は三度くりかえす、劇画として」 「思想の科学」1978年9月号 主題「生きのこった青年文化・漫画」所載 86頁
(*2):金坂健二「エロスの修羅:石井隆の世界」 「みづゑ」美術出版社 1977年3月号所載 98‐99頁
(*3):今野裕一「石井隆論─雨に降られて─」 季刊美術雑誌「象」創刊号 エディシオン・象 1979年7月1日発行 57‐67頁
  今野が自ら「象」と石井隆に関して触れている文章二編をウェブで読むことが出来る。
  http://melma.com/backnumber_17046_1391732/
  http://www.2minus.com/edt_av/kai23.html

2012年12月25日火曜日

“見舞う”~大石圭「甘い鞭」~



石井隆が新作に撮入したのは耳に入っていたが、その一本が「甘い鞭(むち)」といい、大石圭の同名小説(*1)を土台にしていると知ったのは確か十月の半ばであった。遠方へと列車を乗り継いでの出張が重なったものだから、道中一気呵成に読み進められるものと思い立ち、駅の書店で求めた文庫本をポケットに忍ばせた。 読了したのは外房線の土気(とけ)駅のホームで、顔をあげて眺めた町は妙にまぶしく目に沁みた。面白い読書だったと思う。


 あくまで一個人の気ままな感想に過ぎないが、備忘録を兼ねてすこし綴っておきたい。(物語の概要や顛末に触れる箇所があるから、気にする人は閉じてもらっても構わない。)石井隆が原作ものに手を染めるとき、両者の相関を見きわめていくことはとても刺激的で、石井世界に惹かれる者には最高の愉楽じゃないかとわたしは思っている。「甘い鞭」のいくつかの描写には石井作品との相似を観たし、高揚や哀憐といった烈しい感情の渦が理性を壊し、四肢をあやつり、思いがけない“しぐさ”を現実空間に生み落とす様子を丹念に筆先で追っていくのだけれど、この辺りはおんなに向けられたマクロレンズ的な石井のまなざしなり洞察に無理なく重なるように思った。

 また、少女を襲ったおぞましき“過去”と、からくも生還して今に至ったおんなの“現在”をカットバックさせた構造を小説はとっているが、“過去”の主だった舞台に“地下室”を選んでいる。男の内部に巣食う原初的なものがそう命じるのかどうか知らないが、略奪されたおんなというものは地下に幽閉されがちであって、たとえば『コレクター』(*2)とか『羊たちの沈黙』(*3)、『盲獣』(*4)なんかが直ぐに浮かぶのだし、石井の【魔奴】(1978)、【魔樂】(1986)にもそんな描写があった。奈緒子という名の少女が突然誘拐されて押し込まれられた地下室は、だから古今東西の物語に満ちているありふれた夢の猟域に過ぎないから、どうしてもその限りにおいては坑道をのたのたと走るトロッコのような、やや冗漫な印象をぬぐえない。だが、その過去と鏡面を成す現在の奈緒子の息づく舞台となるのが“高層”マンションだったり“高層”ホテルの一室であったり、突飛な場処であることに面白味をおぼえた。

 劇中の人物の渇望や積怨、意識の覚醒や消沈といったさまざまな魂の波濤を、かねてから石井は階段や階層を使って補強するところが多かった。小説「甘い鞭」が読み手を道づれにするこの下降と上昇のめまぐるしい往復は石井世界とだから符合するところが大きいから、既にして両者は妖しき融合を始めて見えるのだったし、それをひどく喜悦してぷるぷると震顫(しんせん)する気配すら感じ取れる。同作のプロデューサーは石井世界に造詣が深いのだけれど、「甘い鞭」が彼の手になる選定だとすれば、なるほど判っているな、怖ろしく目が利く男だなと感嘆する他ない。


 両者の衣香(いこう)なり嗜癖がそこまで似かようのならば、大石の「甘い鞭」はかつての原作起点で綾織られた『魔性の香り』(1985)、『沙耶のいる透視図』(1986)、『死んでもいい』(1992)、『花と蛇』(2004)等と同じようにして石井世界に摂り込まれるものだろうか。名美と村木の面貌をマンドラゴラの根のごとくそなえ、雨滴にしとどなった葉先で空を切り、紅い花弁をてらてらと闇夜に咲かせるものだろうか。私はこの点に強く引きずられて、思案を断つ機会を失ったままもがいている。

 たとえば奈緒子というおんなは秘密倶楽部に属しており、男たちの玩弄物となって身を預けていく性描写が幾度も挿入される。なるほど傾斜角のある粗暴この上ない景色なのだが、どこか刹那的で静謐な面持ちを併行して宿しており、ある意味私たち市井(しせい)の者の“ずれた”心をリアルに体現したものと感じられた。おんなは思い出に乗っ取られ、現実を見失っているのだが、そのような事は多かれ少なかれ誰にでもあるものだ。他人の目にはいかに偏奇で淋しげに映ったにせよ、記憶の渦中にたゆたう身は救いを拒絶して孤高を甘受していく。救われてしまうことは忘れること、今はそれを望まないと思い定め、夜具の下で傷口をまさぐり、夢のなかで生乾きのかさぶたを剥がしていく。そんな誠実すぎて不器用なおんなが「甘い鞭」には描かれている。

 大石のそれはしかし、映画空間ではあまり見映えのしないかたくなな表情と外界を締め出した態度であって、特に石井の好む“救済劇”とは馴染まないのではなかろうか。何らかの脚色の元で思い切った手を打たなければ、奈緒子はさながら『天使のはらわた 赤い教室』(1979)終幕の名美に似た寂寞たる末路を歩むしかなく、ここをどう解決して私たち観客に示すのか、石井はどうやって奈緒子に(そして惑う私たちに)道を示すのか、固唾を呑んで見守っているところだ。


 また、地下空間と高層ホテルの一室とを結ぶ上昇下降の振幅とは別に横方向に貫く動線が原作にはあって、それは女医の奈緒子が勤務する産院と家族の入所するホスピスへの行き来であった。高級車やタクシーを駆って向かうその生と死の汀(みぎわ)は、「甘い鞭」を扇情小説の域からもう少し深度のある方角へと引き寄せているのであるが、振り返れば石井隆という作家は病院や病室を真っ当に描くことを避ける傾向がありはしないか。

 『天使のはらわた 名美』(1979)であれ、『同 赤い眩暈』(1988)であれ、消毒液の重たく匂うこの場処は悪鬼や狂人の夜な夜な出没する異空間ではなかったか。『黒の天使 vol.1』(1998)や『人が人を愛することのどうしようもなさ』(2007)のそれは風雪に曝(さら)されペンキが剥がれ、酷く廃壊なっており、迷い人を昏い廊下の奥へと誘い込んでは獣(けだもの)が襲い掛かりはしなかったか。【真夜中へのドア】(1980)では死出の旅路の一里塚として明確に在って、おんなたちの身体とこころをことごとく破壊しなかったか。診療行為や人を見舞ったりすることは、石井の創る劇空間ではどうも鬼門であり続けたように思う。

 どうなるのだろう。どうするつもりだろう。石井は病室を描くものだろうか。


 実は年長の知人が深刻な病気にかかり、当て所のない療養生活に入ったことを聞かされたばかりだ。伝えてくれた縁戚にあたる人の口からは、続けざまに信じられない話もとび出しても来た。まさかといぶかり、偶然に違いないと思う。けれど、やはりとも感じ、必然かもしれぬと疑念は増して胸のどよめきが収まらない。彼女(知人)とわたしとが住まうこの町は母なる懐(ふところ)の温(ぬく)さを奪われ、今ではおぞましい魔女となって横たわっている、そう信じて疑わないからだ。知人の体調と精神を深く案ずると共に、微かな震えと怯えとがすっかり全身を包みこむようだ。

 病床見舞いを得意とする者はいないだろう。私なども上唇に余分な緊張が走って、妙な具合にまくれてしまうし、口角をあげても目元までは笑えない。瞼のふちが熱を帯び、虹彩(こうさい)の上には暗い思いが束なるようで、どうにも怖くて瞳をそらしてしまう。励ましに来たはずなのに両の手のひらで相手の肩を小突いて押し倒してしまいそうで、内心びくびくして仕方がない。

  いざという時に仮面をかぶり切れない私みたいのが、この先一体全体どれだけの病室見舞いを余儀なくされるのだろう、また、されてしまうのだろう。想像すると暗澹たる気分に囚われてしまうのだけど、差し当たりのこととして何時(いつ)どうやって知人を訪れたら良いか思案する必要があり、もうそれだけで咽喉(のど)元がひりひりと痛み出して途方に暮れる始末だ。身近にそんなこともあるものだから、余計『甘い鞭』の展開が気になっている。

 おんなに向けられたマクロレンズ的な石井のまなざしなり洞察は、自然この上ない道筋として“生と死をめぐる現実の光景”にも焦点を結んでいくはずである。生きとし生ける者たちが内なる感情や欲望をひた隠しにし、仮面をかぶって相手と真向かう。───そんな避けがたい情景を、もしかしたら石井は『甘い鞭』で点描するのじゃないか、と勝手な夢想を連ねながら、長い冬の夜を狂おしく彷徨(さまよ)っている。(*5)


(*1):角川ホラー文庫
(*2):The Collector 監督ウイリアム・ワイラー 1965
(*3):The Silence of the Lambs 監督ジョナサン・デミ 1991
(*4):監督増村保造 1969

(*5):石井隆がしかと軸足を移して唯一描いたのは精神科の病棟だけである。魂を病んだ者は隔絶した世界で過去とだけ向き合い、“見舞う者のまるでない”状態か“その存在を解せぬ”まま、永劫の回遊を続けていくしかない。『人が人を愛することのどうしようもなさ』が代表格だが、『ちぎれた愛の殺人』(1993)や【20世紀伝説】(1995)の名美の孤影も尋常ならざる濃さであった。 「甘い鞭」にあるような身体の疾患と対峙していく、いわゆる“病院”をまさに“病院”として機能させ、舞台に用いたことは石井の作劇上これまでにはなく、病をかかえる男は薬を懐中し、公園のベンチで悄然として過ごす内なる時間に潜っていくのだったし、はたまた、限られた日数で愛する者の未来を別の誰かに託せないか、どうにかこうにかリフトアップ出来ないかと深謀をめぐらすのが常であって、聞き分けよく入院などしないのである。細かしいことで笑われそうだけど、映画『甘い鞭』は石井世界の地平線が伸びる可能性を秘めていて、目が離せないでいる。