2022年1月30日日曜日

異物

 自分の身体に起きた変調なり病気のあれこれを、見ず知らずの世間様に伝えることにはかなりの抵抗を覚える。滅多にない出来事ゆえに知らせたい思いと、弱点とも言うべきそんなものを敵とも味方とも分からぬ人たちに白状するのは随分とお人好しであって、ぎゅっと握りつぶして忘却の彼方に捨てるべきだという思いが綱引きをする。だいたいにして病気の話など読めば誰もが滅入るに違いないのだし、めそめそ弱音を吐くような感じもして恥ずかしい。

 逡巡しているうちに、あっという間に四ヶ月が経ってしまった。紅葉の時期がたちまち通り過ぎ、とんでもないどか雪がつづき、その片付けで疲労困憊して四つんばいになる心持ちのまま歳末を迎え、マスク姿で初詣の列に恐る恐る並びながら、もう既に一月の終わりに至っている。

 正直な話をすれば、友人知人が怪我で入院をしたり、手術で長く療養し、その後しばらくしてから本人の口から冗談をまじえて聞かされる治療の実体験というのは実に興味深く、面白く感じるものである。魂の収納庫として同じ血肉のかたまりを使用している身としては、後学のために是非とも傾聴したくなるのは当然だ。病床なりリハビリ棟で巻き起こる人間模様が愛おしく感じられ、また、人間という存在や人生というものが哀しくも温かく感じられて、なんとも嬉しい充実した会話になっていく。これから綴っていく拙文についても、人によっては笑える話じゃないだろうか。いや、ケラケラと笑えて愉しめると思うからこそ、開陳する気に当人はなったわけなのだけれど。

 昨年の前半ぐらいまで睡眠を突如破られてしまう、そんな騒々しい瞬間を繰り返していた。期間にして三年弱ぐらいは尾を引いたみたいに思えるが、正確な記録を取っていないからよく分からない。正確な病名は解かっている。医者から変態チックな形状の計測機具を借し出され、これを鼻面に取り付け、何夜かに渡って調べてみたら、案の定、世に言うところの例のあの症状であった。仰向けで寝ていると舌が気道までのそりのそりと下りてきて、呼吸の道を塞いでいく、アレである。

 どうしてアレなんて言葉で誤魔化しているかと言えば、わたしの書くこの小文の束は実在する病気の体験談を語り、同じ症状を抱える誰かと悩みや解決法を共有する目的で立ち上げたつもりはなく、だから、アレで検索されて訪問されても実際困るし、かえってまわり道をさせて気の毒と思うからだ。

 変態器具を貸してくれた医者の勧めを無視し、今もその筋の専門医と接触していない。正しい知識がまったく蓄積されていない。テレビや雑誌といった身近な媒体に頼ってしまったが、そんな物は誰でもすぐに入手可能である。もしも同病の人が万が一、不幸にも此処に漂着したとしても答えらしきものは見当たらないのだし、そもそも命にかかわる健康のことであって保証などぜんぜん出来ないから、あれこれ解決策など書くべきではない。ここは沈黙を守るべきだろう。

 さて、それでは何を記録しておきたいかと言えば、夜な夜な気道を塞がれたわたしの身体が窒息しかけては暴れ狂い、うわーっ、死んじゃう、と、がばっと覚醒させられるその道筋で「体験」していく多種多様な異物の嚥下現象である。息が出来ない、目が醒める、身を起こす、気道が開く、その刹那にわたしの「実感」としてさまざまな球状の異物を呑み込んでいる。

 カプセル・トイのプラスチック空き容器、ビー玉、ピンポン玉、硬貨、コイン形リチウム電池、ガラス壜詰飲料の鉄製王冠、円形の磁石といったものが気道なのか食道なのかに消えていった。ああ、大変だ、そんな物を呑んではいけない、と寝具を跳ね飛ばして半身を起こし、焦る気持ちで目を白黒させながら闇のなかに数秒間居座るうちに、茫然自失の体は綿菓子の溶け落ちるように消えて無くなり、ああ、いつものアレだったか、今日のやつも壮絶に「リアル」だったと思うのだった。(過去形で書いているのは自分なりの対処が今のところ功を奏したものか、ぴたりと現象は治まったからだ。)

 当初は本気で思い悩んでしまった。家人が口を開いて寝ている私にそうっと忍び寄り、指先を唇の先までゆるゆると伸ばしていき、つまんでいた球形の物体をふわりと放す。一直線に喉奥に向けて物体は落ちていく。そんな事を想像しては苦しんだのだった。石井隆の『夜がまた来る』(1994)で夏川結衣が熟睡している寺田農を襲う、あれみたいな場面である。あっちは刃物、こっちはビー玉だから殺伐とした雰囲気は皆無なのだけど、そこまで自分は恨まれているのだろうか、気苦労をかけて来たのだろうか、そんな申し訳ない気持ちでいっぱいになって枕を濡らしたこともある。

 何のことはない、つまりは「幻覚」に過ぎない。姿勢を起こしたことで舌の位置がかわり、気道が確保された刹那、夢を垣間見たのだ。やばい、これは危ない、そうして必死に吐き出そうとしたにもかかわらず、口腔にも舌の上にも異物の触感が既に(もともと)無いものだから、ああ、呑み込んじゃった、と脳が理解したのである。

 それにしてもあまりにリアルで、今も喉をふさぐプラスチック容器やビー玉の「圧迫感、硬質感」をまざまざと再生し得るほど強く「記憶」している自分がいて、そこまで生々しいものは「幻覚」と書くのがもどかしい気持ちになっている。あれは紛(まが)うことなき「実体験」であった。確かに喉が塞がれ、まちがいなく球体を呑み込んでしまっている。

 少し長く生きていると人間は、いつか必ず「何か」を見たり、聞いたり、触れたりする時間に遭遇するのだが、それは「完全に覚醒している時間帯に見たり、聞いたり、触れたりする事と地続き」であって、「区別することが出来ないこと」なんだ、と、こんな年齢になって納得した。少し長く生きてきたことへの、誰かからは解らぬが、大切な贈り物なのだと捉えている。